語り合って寝不足に
新入生たちはそろそろ学校に慣れたような気がしてくる時期である。毎朝、皆一様に大学生らしい(眠たそうな)顔をして通学している。
私の勤める自治医科大学は、全国でも珍しい全寮制の医学部である。“医療の谷間に灯をともす(校歌より)”気概を持った若者が全国47都道府県から2~3名ずつ選抜され、いずれは僻地や離島を含めた各地の地域医療を担っていく医者として巣立っていくのである。
寮は個室だが、およそ10人で1つのラウンジを囲んだ部屋配置で生活しており、1年生のみ同じ学年だけでラウンジ単位を構成することになっている。全国各地から来ていることに加え、今年はとくに多浪の末に合格した者やすでに大学を卒業してきた者、さらには社会の空気を吸ってから入学してきた者までいて、ホヤホヤの18歳から30歳までの新入生が絶妙のグラデーションを成して入学してきた。
さまざまな背景を持った学生たちが10人集まって生活単位を構成しているのだから面白くないわけがない。毎夜遅くまで語り合い、コミュニケーションを図っては寝不足になっているのである。
いずれは収まるのだが、このような言葉による濃密なコミュニケーションは出会って間もない者同士にとって重要である。話す内容はもちろんだが、表情や声の質あるいは大きさや話すテンポなど、あらゆる類の情報を感受しあい、互いの理解に努めようとしているのである。
少ない文章で伝授
今回紹介する書籍は、言葉によるコミュニケーションの対極にあるような方法で情報を発信しようと試みられたものだ。監修者の佐藤政大と黒田貴臣は、日本テニス協会のベテランオフィシャルポイントランキング(ベテランJOP)シングルスおよびダブルス両部門で1位にランキングされていたこともある「草トーナメント」テニス界の雄である。この2人が編み出したダブルス必勝に関するさまざまなノウハウやテニスプレーヤーとしてのメッセージを、極限まで文章を少なくした形で伝授しようとしているのである。
本文の中では各種攻撃パターンの展開方法が、分解写真を用いて淡々と進められていく。付属DVDの動画ではさらに言葉が少なくなり、ところどころプレーの要点をさらうためのテロップが出現するだけ。声による説明などいっさい入らないのである。
しかし、いくら文章が少ないとはいえ、細心の注意を払いながら確信に満ちた解説が1つ1つのプレーになされていることが、じっくり読んでみるとわかる。それは歴戦の中で培われ、体験に裏付けられて練られたのであろう戦術が、肌で感じたそのままの言葉でもって表現されているからに違いない。また、動画からは“能書きを並べている暇はない。オレたちの背中(プレー)を見てくれ!”と言わんばかり、全身からさらに多くのメッセージが伝わってくるような気がするのである。
どう読み解くか
さて、ではどのように本書を読み解いていったらよいのだろう。内容を丸覚えするのではあまり意味がないように思える。
「単純な決めの動きではなく、動き出す直前の気配や視線といったところに注目してください。そこにダブルスの本当の醍醐味があります」と佐藤の言うように、個々のプレーそのものよりも全体のつながりや「気配」を彼らの背中から読み取ることを心がける必要が読み手にはあるのではないか。
言葉によるコミュニケーションが重要なことは無論のこと、感覚を研ぎ澄まし、言葉や文字の向こう側にある何かを読み取ることが重要であることが本書の語ろうとするところである。彼らがどんな気配をキャッチし、どう処理して動いているのか、どうやって息を合わせているのか、五感を駆使してつかみ取っていこうとするのが本書の読み方として正しいように思われる。
ともあれ、好きこそものの上手なれとは良く言ったもので、“テニスが好きでたまらない”という雄たけびが、最も強いメッセージとして2人の背中から伝わってくるのである。
(板井美浩・自治医科大学医学部保健体育研究室教授)
佐藤政大、黒田貴臣 監修、158ページ、1,470円
実業之日本社
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