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子どもの能力をとことん伸ばす筋力トレーニング

子どもにとって筋トレ
 先の全国高校ラグビー大会決勝では桐蔭学園、東福岡高校双方がそれぞれの持ち味を活かした見応えのある名勝負を展開、同点で両校優勝となった。身体の線がはっきり出る最近のラグビージャージやショルダーガードの影響もあるだろうが、一昔前に比べて筋骨隆々の選手が多く見られるように感じる。トレーニング科学が広く普及したことも大きいし、その専門スタッフが帯同するケースが増えていることも考えられるが、やはり基礎となる体格が大きくなっているのだ。ラグビーに限らずトップアスリートたちは、その体格やパフォーマンスレベルを年々進化させている。しかしその一方で、一般の子どもたちの体力は右肩下がりに低下していると言われている。
 トレーニング関連で数多くの著作を持つ石井直方氏による本書では、「体格は大きくなっているけれども、相対的な筋力は落ちてきている」子どもたち、あるいはその親への警鐘と対策がわかりやすく解説されている。決して、本書のタイトル通りに「筋力トレーニングで子どもの能力を伸ばす」ことを説いているのではない。「どんな遊びをさせても子どもにとってはすべて筋トレ」という表現からもわかるように、子どもは伸び伸び遊ばせるべきだということが随所に語られている。子どもに筋力トレーニングをさせてその能力を伸ばそうと考える人ではなく、今子どもが置かれている環境を見直し、何かを変えるきっかけにしたい人に手にとってほしい本である。

遊びがチャンス
 スポーツ教室のみならず、体育の家庭教師という職業が注目されることもある一方で、最近はイクメンなる言葉が広がっている。子育てに積極的に関わる男性が増えているのなら、子どもの身体能力が高くなるチャンスも増えるはずだ。子どもが最初に出会うアクティブな遊び相手は父親であることが多いのだから、運動にもなる遊びにとことん付き合い、またそんな活動に導くことは子育ての重要なポイントである。危険だからとさまざまなリミッターをかけてしまうと、子どもが新しいことに気づくチャンスや、思わぬ成長を見せるチャンスを奪ってしまう。「子どものからだは小さな大人ではない」し、リスクを認識して対応すべき点はもちろんあるが、大人の思い込みで子どもだからと侮って先回りしてしまうと、子どものチャンスだけでなく、子育ての驚きを味わう自らのチャンスをも奪ってしまうことになる。
 私事ながら、我が家ではまだ幼い2人の男児が毎日暴れ回っている。年を取ってからの子のためか、バカ親父と周りに笑われながら子育てに注力している。躾と称して親の都合を押しつけることは極力避け、とにかく付き合うということを軸にこちらも楽しませてもらっている。自分がラグビーをしてきたことも、トレーナーの勉強を重ね、活動してきたことも、実はこいつらのためだったのだと本気で考えている。重症である。
(山根太治・日体協AT、鍼灸師)



石井 直方 著

人のためになる人ならない人

ビジネスの世界ではコーチという言葉はすでに一般的になっている。それではコーチ、カウンセラー、コンサルタントの違いは何になるのだろうか。
 コーチという言葉の語源を考えることによって、スポーツにおけるコーチの役割がよりはっきりしてくる。
 C・O・A・C・Hを頭文字にした各単語に基づいてコーチ力というものをわかりやすく説明している。
 指導者がやりたいことを指導しているのか、競技者がやりたいことを手助けしているのか。第三者が見ると違いがよくわかる。
(澤野 博)



辻 秀一 著

逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす

“フィットネス”という概念が日本にも紹介されてずいぶん経つと思うのだが、その意味がしっかりと浸透していないなぁと思うことがある。フィットネスとは、何だかわからないけどおしゃれなトレーニングのことなのだろう、という程度にしかとらえられていないと感じるのだ。
 僕の職場は公共の体育館である。“フィットネスルーム”もある。やれ空調がどうだとかBGMがどうだとか、色々な要望が寄せられる。どうやら、夏涼しく冬温かい快適な空間で体を動かしたいらしい。
 エアロビクスのプロのインストラクターでさえ「暑いから空調をもっと強くしろ」と言ってくる始末である。それは“フィットネス”ではないだろうと個人的には思っている。
“フィットネス”とはすなわち環境に適応する力のことであり、トレーニングはそれを高めるために行うものなのだと思う。では、空調のきいた快適な空間でトレーニングすることが果たして“適応する力”を高めることになるのだろうか。  本書は生命科学や経済学の知識に乏しい僕にとってはかなり難しい本であり、正直、理解できない部分も多かった。だが、キーワードである「多重フィードバック」という考え方は大いに参考になると思った。適応するしくみを多様で複雑なものに進化させることで生存できる可能性を増すのだ。
 あるコーチが言っていたトップアスリートの条件を思い出した。「なんでも食えて、いつでもどこでも寝られること」。これも「適応する力」ということなのだろうか。ちょっと違うかな?
(尾原陽介)



金子 勝・児玉 龍彦 著

免疫・「自己」と「非自己」の科学

「免疫」という言葉は、誰でも一度は耳にしたことがあるだろう。本書は、免疫の持つ“自己か非自己かを判断し、非自己(自分以外)を排除する”という特徴を、全体のテーマとして掲げている。
 一言で「免疫」といってもその実態は実に複雑で難解である。ついつい敬遠しがちな分野であることは確かだ。だが、本書では一般の読者でもわかりやすいよう専門用語を極力減らし、細かくテーマ分けすることで少しずつ無理なく読み進めていけるような工夫がされている。生理学の教科書に書いてあるような少々お堅い内容だけではなく、「インフルエンザ」や「アレルギー」といった比較的身近な話題や、「臓器移植」・「クローン」など非常に興味深い内容も盛り込まれており、文系人間の私でも割り合いとっつきやすい一冊であった。
(藤井 歩)



多田 富雄 著

テクニックはあるが、「サッカー」が下手な日本人―日本はどうして世界で勝てないのか―

本書のタイトルは多くの理論に縛られがちな日本スポーツ界の急所を的確に抉っている。スポーツに限らず技術や理論の追求は日本のお家芸とも言える。そして革新的なモノを生み出しているにもかかわらず、それを使いこなせずに、逆に使われてしまうことも。
 著者の松村は日本の大学卒業後、プロを経ずに単身スペインに渡って経験を積んで現在は名門FCバルセロナでスクールコーチとして未来のスターを育てている。いや、本書の表現を借りるなら「選手が自ら育つ環境を整える」作業をしている。“カンテラ”と呼ばれる育成下部組織の充実があればこそ、バルサのトップチームはカンテラあがりの選手が軸にいることで、国外のスター選手を集めても(時に失敗はあるものの)バルサらしさは受け継がれている。
 その方法は緻密な計算による計画(ピリオダイゼーション)によるものであるが、その中心にあるのは計算でも計画でもなく“サッカー”なのである。もちろん400億円にも及ぶクラブ全体の年間予算があればこそできるものもあり、そのまま日本サッカーやスポーツに当てはめることはできない。なればこそ、本書の中から各自のジャンルに応用できる部分を見つけ、最適と思われる方法を創造できるかが読者の指導力の見せどころとなるのであろう。
(渡邉秀幹)



松村 尚登 著

骨の健康学

一般社会で「骨」というものに対してどういう認識を持っているかを考えてみると、体格の基本をなし、身体の形を形成するもの、あるいは身体を守るためのもの、その程度の感覚で捉えられているのではないかと想像します。ところが本書ではもっと多くの役割を持ち、骨以外の存在に対しても深く関わる、そんな骨の知られざる正体に迫ります。多少は骨のことを知っているつもりだった私も、実際は知らないことだらけだったというのが本当のところ。
 骨の代謝のメカニズムが実に詳しく解説されています。また骨といえばカルシウムを思い出しますが、カルシウムが骨以外の身体の部分で大活躍するという事実と、そのカルシウムの量をコントロールするのに骨が関わるという重大な機能は世間ではあまり知られていません。
 また近年積極的にカルシウムを摂取するという呼びかけもありますが、カルシウムという材料だけでは骨はつくられず、せっせと取りこんだカルシウムも場合によっては排泄されてしまうということは私たちも覚えておかなければなりません。正しい知識で骨をつくる方法を習慣化しなければならないわけです。偏った情報もあり、カルシウムを取り入れることだけに踊らされた方も少なくないように思いますが、骨をつくるためには「カルシウム・ビタミンD・運動」という3つの要素を備えなければいけないことも書かれています。
 その上で、骨粗鬆症を予防法や骨の病気などの具体的な骨の問題を紹介してあり、面白そうなトピックスを抜粋して紹介した本というよりも、「骨の基本書」としての性格があります。あるいは豊かな骨を形成し健康に過ごすための指導書といってもいいかもしれません。
 私はいつも本を読むとき、重要な個所にはアンダーラインを引き、目印に付箋を貼る習慣があります。本書を読み終えたときの付箋の多さには驚きました。250ページ足らずの本書はあまりにも内容が濃かったようです。今後も骨のことを調べるときにはこの本を開くことから始まりそうです。
(辻田浩志)



林 泰史 著

草野球をとことん楽しむ

早朝や休日などに公園で大人たちが野球をしているのをよく見かけるだろう。学生時代から野球を続けている者、社会人になって友人からの誘いで野球を始めた者などさまざまな者たちが野球に興じ、野球バカとまで言われるほど草野球に打ち込んでいる者もいる。そして、著者もその野球バカの一人であり、過去の出来事と結びつけながら草野球がどういうものか、どう楽しむかが一冊に詰め込まれている。
 草野球経験者には共感することが多く、未経験者には新しい世界観を見ることができるだろう。草野球特有の問題点なども多々あるが、それらを含めた楽しさが存分に伝わり、ぜひとも草野球の世界へ飛び込みたいという思いに駆られるものとなっている。
(池田健一)



降旗 学 著

究極のトレーニング

「トレーニング」と一言でいっても、ただ形だけ同じように行うのと、目的のために筋肉の性質や仕組みを理解してトレーニングするのでは大きく違ってきます。
 この本は、石井直方氏が科学的根拠のある情報を提供することを目的に冊子のコラムとして連載したものを再編集したもので、トレーニングだけではなく、おそらく多くの人が興味あるであろう健康、ダイエット、サプリメントについても書かれていて非常に面白い。
 トレーニングを行うときには大きい筋群から行う? それとも小さな筋群から行う? また、脂肪を燃焼させるにはエアロビックが先か? レジスタンスが先か? など実は今まで当たり前と思って行っていたトレーニング方法も場合によっては反対であったりするかもしれません。筋肉はまた内分泌器官としての働きもあり、筋が活動することで生じるいろいろな反応なども知ってみると、筋活動の大切さを再認識してしまいます。
 今までのトレーニングやそれだけではなく日常生活においても、この本を読むと、運動の方法やタイミング、栄養についても改めて考える機会になるかもしれません。そんな本でした。
(大槻清馨)



石井 直方 著

克つための弓道―的に克つ、己に克つ

弓道の一連の流れ(弓を持ってたち、矢を放った後まで)である射法八節が写真つきで解説されている。
 足踏みから残心まで8つのphaseからなっている射法八節。自分の動作がおかしいと思ったらその前の節に戻る、八節の後半の動きがおかしい場合は八節の前半に戻ることを著者は勧めている。それぞれの型に名前はあるものの、あくまでも一続きの動作であり、心技体の「技」の部分である。
 著者の父が弓道家ということで、著者である村川平治氏の幼少期は弓道が身近に感じられる生活だった。「昨日当たって、翌日当たらないのはなぜか」や「日常の練習は試合のつもりで」といった心技体の「心」の部分にせまる記述や「試合数日前から直前の練習法」という「体」の部分は他の競技選手が読んでも参考になる。
 また、弓具(弓、矢、弦)の性質や選び方、調整のアドバイスが写真つきで丁寧に解説されている。
(1997年の)弓道界の現状として中学体育連盟に弓道が加盟していないことで、中学校に弓道部が少なく、弓道部員も中体連に参加できない。そして弓道を高校や大学でやってきていても、社会人になってから弓道場がないことや公営の弓道場の使用時間などの関係で競技の継続が難しいとのこと。
 著者は「本当に強くなりたいのなら、外にも目を向け、いろいろな人の射を見て、取り入れて行った方がいい」と語っている。弓道のプロ化を願っている著者の言葉はひょっとしたら以下のように解釈できるのかもしれない。“本当に弓道を普及させたいのなら、他の競技にも目を向け、いろいろな競技のシステムを見て、取り入れて行った方がいい”(あくまでも想像だが)
 自分の道場を持ちたい。自分なりの「村川流」をつくりたい。著者の自分の夢への強い気持ちを表す言葉でしめくくられている一冊。
(大塚健吾)



村川 平治 著

それでも、前へ―四肢マヒの医師・流王雄太

本書は、高校生の時にラグビーの試合で頸椎脱臼・頸髄損傷の大ケガを負って両上肢と両下肢の機能を失い、その後高校復学、医学部入学を経て、現在は精神科医として電動車椅子で診療を行う流王雄太さんについて書かれたものである。
「それでも、前へ」――15歳で四肢の自由を全て失い、自分で動くこともままならない重度の身体障がい者であるにもかかわらず、彼にはこの言葉がとてもよく似合う。とにかくポジティブで、前へ進もうとする姿勢が伝わってくる。一般高校への復学から、2度の大学受験、そして医師へ。身体は動かなくても、心は動く。旺盛な好奇心と、それを支える積極的な行動力と努力。手も足も動かせる自分が負けてはいられないと、こちらが勇気づけられた。
 本書を読み終えた後に、車椅子のプロテニスプレーヤー国枝慎吾選手が17年ぶりに自分の足で立ったというニュースをみた。アメリカで脊髄損傷からの回復に関して専門の勉強をしてきた方が、日本に帰国して開業されたとのこと。流王さんをはじめ、このような方々の活躍により、健常者と障がい者が同じように夢と希望を持てる世の中になることを、願ってやまない。
(石郷岡真巳)



高橋 豊 著

遺伝子vsミーム

2010年サッカーのワールドカップで、日本はベスト16になった。予選リーグで敗退した前回ドイツ大会では、チームが一つになりきれなかったことが敗因であると言われた。今回のチームは、その教訓を活かし、チームが一つの方向に向かうことができたという。

 人間の人間たるゆえん――それは、遺伝子からは独立した形で情報を次の世代に伝えることができることである。つまり教育と学習によって、文化伝統を伝えていくことができる生き物が、人間であると。
 世代を越えて継承されていく情報システムとういう特徴を兼ね備えた文化は、人間以外の動物にはほとんど存在しない。そして、この文化の情報伝達単位を「ミーム」と呼ぶ。著者はこのミームが、民族問題・教育問題・老人問題などを解決するヒントになるのではと語る。
 人間は、望むと望まざるとにかかわらず、ミームを受け継ぎ、受け渡してしまう ―つまり学ばざるをえない―生き物なのである。 だからこそ、教育が大切であり、ミームの乗り物たる老人がもっともっと子供と接する機会を増やすべきだと。 
 日本中を熱狂させた、サッカー日本代表は、まさに「ミーム」を受け継ぎ、それを活かした好例である。「ミーム」=「侍魂」と置き換えてみると、またおもしろいようだ。
(森下 茂)



佐倉 統 著

基礎から学ぶストレッチング

ストレッチは多くの方が実践していながら、形だけ真似たり、なんとなく行ってしまうことが多いのも事実である。
 本書ではストレッチングの有効性を理論的に説明しているだけでなく、実践する際の意識するポイントもわかりやすく解説されている。コツを押さえておくことで同じ動作を行っても、今までとは別の感覚を得られるはずである。新しいことをはじめることの喜びも捨てがたいが、今までやってきたことで違った感覚を得られる喜びもまた素晴らしいと思う。
 本書は気になる身体の部位だけチェックすることもできる「辞書」のような一冊に仕上がっている。自分でチェックし実践することで日常のセルフケアにつながる。そしてストレッチを通してセルフケアできることで、自分の身体にいままで以上に関心を持つことにつながり、楽しさも増すかもしれない。そんな可能性を感じさせてくれる一冊である。
(磯谷貴之)



谷本 道哉・荒川 裕志・ 岡田 隆 著 石井 直方 監修

専門医が治す!腰痛

スポーツ選手や一般の人と老若男女と多くの人が腰痛に悩まされ、その症状もいろいろである。本書は一見一般の人に向けてつくられた本に見えるが、前半は腰痛のしくみや診断、治療など多くの症例について解説され、それらをイラストだけですませずにレントゲン、MRI検査、CT検査、造影による画像を用いて詳しく説明している。他に医師の診察手順やテスト方法も詳しく掲載されているので、スポーツトレーナーだけではなく医療関係者が読んでも勉強になるのではないだろうか。本書に掲載されている腰痛対策のチェックシートや腰痛が起きたときの対処法のシートは現場で利用できるものになっている。
 後半は家庭でできる腰痛対策や運動療法を一般の人が読んでもわかるように丁寧に説明をしている。立ち姿勢での注意事項や事務仕事、洗面、車の運転など普段の生活からの症例は一般の腰痛に悩まされている人だけではなく、専門家が読んでクライアントの普段の生活を創造するために、頭の中の引き出しに入れ現場で活用してもらいたい。
 注意として、本書は腰痛の予防と痛みの軽減に少しでも役に立てるように書かれたものであり、腰痛の中には手術や投薬が必要な場合もある。自分で判断をせず、必ず医師の適切な指示を仰いでくださいという著者からのメッセージを守って頂きたい。
(長谷川大輔)



三木 英之・蒲田 和芳 著

だから、楽に走れない!目からウロコのマラソン完走新常識

マラソンが、依然ブームである。もはやブームを通り越して一種の嗜みと言うかナンと言うか、ある種の習いごとのようなものとして定着してしまった感すらある。都会ではランナーズステーションなるものが設置され、ピアノ教師やバレエインストラクター同様、ランニングインストラクターという肩書きのプロまで活躍中という昨今である。  が、底辺が広がれば、その分悩みの種類も増える。アクシデントも増える。そして、マラソンにおけるそれは「タイムが縮まらない」「足が痛い」といった切実なものから、「似合うウェアがない」「やせない」といった微笑ましい(失礼!)ものまでまさにピンキリなのだ。
 本書は、そんなマラソンにおけるさまざまな悩みや“なぜ”に2人のスペシャリストが明快な答えを提示してくれる、How to 本ならぬ裏ワザ本。自らのクラブを「日本一走らないランニング教室」と自負する指導者と「シューズと足とインソールの専門店」の代表者が、文字通り目からウロコの解説とともにマラソンに関する疑問を小気味よく解き明かしてくれている。
 たとえば、路上でよく目にするタオルオンネック(タオルを首にかけるスタイル)。こんな些細な事柄に関しても、のっけから正攻法でサラリと解説、注意を促してくれる。また、一方ではシューズ選びの際の「爪先にプラス1cmの余裕を」と言われる定説に対して、豊富な専門的データと実例をもとにしっかりとした否定的見解を示しつつ、ではどうするか? といった点にまで踏み込んでなるほど、というアドバイスもしてくれている。
 こうした愛情あふれる専門的解説や根拠のない定説に対するツッコミのオンパレードに通底しているのは、著者たち自身も語る“なぜ?”を大切にする視点や、「マイナスのものをまずはゼロにする」というシンプルなスタンスに他ならない。著者の一人はさらにこうも語る。情報が氾濫する世の中で、「カラダとシューズがあれば気軽に楽しめるスポーツ」だからこそ、そのカラダとシューズを侮らず、正しい知識を持ってほしい、と。
 一般から本格派まで、ランナーは読んでおいて損はない一冊。新書判というのも手に取りやすくて嬉しい。
(伊藤謙治)



飯田 潔・牧野 仁 著

裸足ランニング――世界初!ベアフット・ランナーの実用書

私も裸足好きの一人である。しかし、残念ながら今のところ、私の暮らしている社会では裸足のまま出歩くわけにはいかない。いくら裸足が身体によいことが立証されたとしても、家の周りを裸足で歩いたり走ったりしていては、ご近所の人にどう思われるだろうか。家族からも、恥ずかしいからやめてと言われるだろう。しかし、本書のような本が出ることで、裸足が1つのスタイルとして認知されれば、私も大手を振って裸足で出歩けるというものだ。
 本書の中で、裸足ランニングの火付け役として「BORN TO RUN」(クリストファー・マクドゥーガル著・NHK出版)が紹介されている。しかし、その舞台は山岳トレイルのウルトラマラソン。一部の特殊な人たちのことのようで遠い存在だが、本書の舞台は近所の公園。これはいい。ぐっと身近だ。その気になったらすぐにでも実行できる。もしあなたの家族に小さな子どもがいるのなら、子どもと一緒に芝生のある公園で裸足になって遊んだらいい。それなら他人の目も気にせずに裸足の心地よさを堪能できるだろう。
 私が裸足についていろいろと調べたのは大学の卒業論文を書いているときだ。そのタイトルは『各種履物からみた歩行における踵の動き』という。さまざまな靴を履いて歩き、下腿と踵の角度変化のパターンを比較し、履物が歩行に及ぼす影響を考えるという内容である。その際に基準としたのが、裸足歩行での角度変化パターン。つまり、裸足歩行のパターンと似ているか違っているか、という観点で履物の比較をした。つまり、「裸足歩行は最も自然で身体を傷めない理想的な歩行である」という前提であった。裸足や履物についてのさまざまな文献を読んだ影響だろうか。それ以来、自分なりに生活の中でできるだけ裸足になったり、シューズを選ぶ際にも裸足の感覚に近いかどうかということを重視するようになった。そんな縁もあってか、偶然、本書『裸足ランニング』が目に飛び込んできて即、購入。私が本書を画期的だと思うのは、屋外を裸足で走るためのハウツー本だということだ。裸足で走るためのトレーニング方法というのが面白い。しかし、正直に言って、少々残念な点があることも否めない。なぜ裸足ランニングなのかという強いメッセージが感じられない。たとえば「裸足ランナーへの10のメッセージ」。「自然に帰ろう」という言葉で始まっているが、最終的に「気持ちよい思いをして、なおかつ走力がアップするなんて、最高でしょう?」と締めくくられている。また別の箇所では、裸足ランニングを取り入れたらレースで大幅に自己ベストを更新した、というようなことが書かれている。これでは走力アップのためのトレーニング手法の1つでしかないという印象を受けてしまう。裸足になることで足が本来持っている機能が最大限に発揮され、それによってタイムが大幅に向上する可能性があることを示し、裸足のよさをアピールしたいのだということはよくわかるのだが。
 ランニングシューズは走るための道具として発達してきたはずだ。仮にそれが、かえって足の故障を誘発しているとしても、たまたまその設計思想が間違っていただけで、「ランニングシューズは要らない」という結論に直結するとは思えない。もしかして、今後さらに研究が進み、より優れたシューズが開発され、本当に必要な道具として発展してゆくかもしれないのだ。
 裸足について調べたり考えたりすればするほど、疑問がわいてくる。「裸足ならば自然で理想的な状態なのか」「そもそも自然な状態が理想的なのか」「ランニングシューズという道具は本当に不要なのか」といった問いを、私は卒論以来、未だに抱えたままである。先行研究や著者自身が行った実験の結果、さらに裸足ランナーの実例を紹介し、「『裸足=ケガが多い』は科学的根拠がない」と述べているが、「裸足=ケガをせずに速く走れる」ことや「全てのランニングシューズがケガを誘発する」こともまだまだ科学的根拠が乏しいと言えるのではないか。
 私は裸足ランニングにも興味がある。しかし、どんなにそれに心酔しているとしても、こういうことを一人一人が問い続け、議論を深めなければ、一過性の流行で終わってしまうと思う。本書がランナーたちにどんな波紋を広げるのか。果たして裸足ランニングは普及するのか。これからが楽しみだ。
(尾原陽介・(財)富山市体育協会スポーツ指導員、A.C.TOYAMA Kidsマネジャー)



吉野 剛 著

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