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体力トレーニング・ワンポイントコーチ

この本は、初版が1994年11月になる。この頃、日本のオリンピックでの金メダル獲得数は、1992年のバルセロナ・オリンピックで3個、1996年のアトランタオリンピックでも3個、1994年のリレハンメル冬季オリンピックでは1個と、落ち込んでおり、各スポーツ競技力の日本と世界の差が広がっていた頃になる。参考までに2008年北京オリンピックでの獲得数は金9個になる。このころ各スポーツでの国際大会が終わった反省に判で押したような日本人選手の体力不足が挙げられていたことを記憶する。このような時期に発刊された本である。
 本の形式は、体力トレーニングに関するQ&A集である。
 体力トレーニングに関連ある「トレーニングと心理」「トレーニングと栄養」「病気・障害とトレーニング」「筋力トレーニングの基礎知識」「筋力トレーニングのシステム」「呼吸・循環のトレーニング」「トレーニング計画の立て方と進め方」などさまざまな側面から体力トレーニングを捉え、13部で構成される。設問は、指導者なら一度は聞かれたこと、疑問に思ったことから、聞かれても簡単には答えられないような説問、あまりなじみがない用語に対する説問などバラエティに富む。
 たとえば「体力は、競技力とどうかかわっているのでしょうか?」「バイオフィード・バック・トレーニングとは?」「インターバル・トレーニングはどのようにして生まれたのでしょうか?」などである。読み進めていくと同じ趣旨の質問であるにもかかわらず、回答者によって答えが異なるものもある。当時、まだその部分が十分に究明されていないためであるが、このような回答が、時を経てどのような回答になっているのかを考えることもできる。  回答者(著者)は、筋力トレーニングの分野は窪田登氏、スポーツ医学の分野は福林徹氏、栄養分野は太田冨貴雄氏、心理分野は加藤久氏など6名で構成されている。トレーニング界、スポーツ医学、スポーツ栄養学などの黎明期を支えた人たちである。現在も一線で活躍されている人も名を連ねている。スポーツ界の発展を願う熱いエネルギーを回答から感じるのは筆者だけだろうか。
 発刊された時代と比べて体力トレーニングに関する本も多くなったが、各分野に特化した内容のものが多い。専門的な研究だけでは、さまざまな場面で対応することは難しく、この本のように、体力トレーニングに関連ある様々な分野から横断的理解を深めることが必要である。
 もう1つの特徴は、回答のなかに歴史的流れを多く述べていることである。いつ、誰がこのトレーニングを始めたのか。いつ、誰がこの用語を使い始めたのか。どのような経緯を通じて発展してきたのかなどが多く含まれている。歴史的な流れを知ることで読者は深い理解をすることができる。また知り得た内容について深く学習する足がかりとすることもできる。このような内容を織り込んでいる本は他にあまりみない。
 体力トレーニングによって成果を得るためにはしっかりとした理解が必要である。適切に体力トレーニングが行われて初めて最大級の効果を生みだす。本書は体力トレーニングに関心を持つスポーツ選手はもちろん、トレーニングに興味のあるすべての人が対象となる必読の書になる。 (服部 哲也)



窪田 登 著

早稲田大学競走部のおいしい寮めし

人が生きていく上で、“食”は欠かせない要素である。近年サプリメントが多用されている中、出来れば毎日の食事から必要な栄養素を補いたいものである。しかも、その食事がおいしければ言うことはない。
 これは誰にでも言えることだが、とくにアスリートとなるとその重要性はさらに増し、毎日の食事はトレーニングと同じくらい、いやそれ以上に大切な身体づくりの基盤となってくる。食事1つで競技成績が左右されるといっても過言ではない。しかし、摂取カロリーや競技特性そしてとくに試合前など、アスリートの食事はとにかく気を使う点が多い。そこに“味”までこだわるなんて、そんなことが可能なのだろうか…?
 この本に紹介されている料理は、ただの“栄養満点メニュー”ではない。実際に、食べ盛り・伸び盛りの早稲田大学競走部の男子学生たちがその味・ボリュームともに満足し、しっかりと競技成績にもつなげている、まさに栄養と味と実績が三位一体となった“アスリート育成メニュー”なのだ。また、この本に載っているメニューたちは、親元を離れ競技に打ち込んでいる学生たちの心のよりどころにもなっている。そんな温かく、“誰か”のためにつくられているメニューをみていると、「食は楽しむものである」という“食”の根源が思い起こされる。
(藤井 歩)



福本 健一、礒 繁雄 著

運動療法と運動処方──身体活動・運動支援を効果的に進めるための知識と技術

健康を高めるためには運動を! 生活習慣病対策はまず運動から! 多くのメディアが健康のための情報を多く発信し、多くの人が健康のために運動を実践しています。しかし、現実には日本人の死亡原因の上位が生活習慣病とされるガンや心疾患、脳血管疾患です。それ以外でもリハビリテーションやダイエットなど健康のためにしている運動が長続きしない、効果が感じられないという声を聞きます。
 これは運動をされる方が、より自分にあった運動療法、運動処方が多すぎる情報とすぐに結果を出さないといけないという思いが強く、継続した運動ができていないことも影響していると感じます。
 本書は運動を支援するための実践的知識や救急対応、または特定健診・保健指導にも対応できるエクササイズガイドや整形外科疾患に関しても多く書かれています。
 すぐに結果を出さないといけないという社会的風潮が強いですが、大切なことは結果を出すのはもちろんのこと、より長いスパンで継続的に運動を続けることです。小さな目標を達成し、自立できる環境をつくってあげることができる指導者のサポート力が必要になってきます。
 その人のニーズにあったサポート方法を見つけ出すために力になってくれる一冊です。
(大洞 裕和)



佐藤 祐造 著

「おじさん」的思考

主に大学生と高校生のトレーニング指導という職業について10年あまり。なぜ、人の話を集中して聞けない選手、注意されるとすぐふてくされた態度をする選手、あまりにも自分で考える力が欠落している選手がこんなにいるのだろうか? ずっとわからないままでいた。しかし、この本にめぐりあってみえてきたものがたくさんある。著書の内田は、「人にものを学ぶときの基本的なマナー」についてこんな風に言っている。
  「今の学校教育における『教育崩壊』は、要するに、知識や技術を『学ぶ』ためには『学ぶためのマナーを学ぶところから始めなければいけない』という単純な事実をみんなが忘れていることに起因する。学校というのは本来何よりも『学ぶマナーを学ぶ』ために存在する場所なのである」
「『大人』というのは、『いろいろなことを知っていて、自分ひとりで、何でもできる』もののことではない。『自分がすでに知っていること、すでにできることには価値がなく、真に価値のあるものは外部から、他者から到来する』という『物語』を受け入れるもののことである。言い方を換えれば、『私は※※※ができる』というかたちで自己限定するのが『子ども』で、『私は※※※ができない』というかたちで自己限定するものが『大人なのである。『大人』になるというのは、『私は大人ではない』という事実を直視するところから始まる。自分は外部から到来する知を媒介にしてしか、自分を位置づけることができないという不能の覚知を持つことから始まる。また、知性とは『おのれの不能を言語化する力』の別名であり、『礼節』と『敬意』の別名でもある。それが学校教育において習得すべき基本であると言う」
 まさに、現場で感じていた選手たちに足りないこと、その原因の1つがここにあるのかと。では「子ども」を変えるにはどうすればよいのか。内田はこう言う。
「子どもたちの社会的行動は、本質的にはすべて年長者の行動の『模倣』であると。だから、子どもを変える方法は一つしかありません。大人たちが変わればいいのです。まず『私』が変わること、そこからしか始まりません。『社会規範』を重んじ、『公共性に配慮し』、『ディセントにふるまい』、『利己主義を抑制する』ことを、私たち一人一人が『社会を住みよくするためのコスト』として引き受けること。遠回りのようですが、これがいちばん確実で迅速で合理的な方法だと私は思っています」
そう言えば、福沢諭吉は「一家は習慣の学校なり、父母は習慣の教師なり」とずっと前に教えてくれていた。
まずは、自分自身が内田の言う「大人」になること、すべてはそこから始まる。
(森下 茂)



内田 樹 著

あの実況がすごかった

スポーツは現場で観戦するのが1番とよく言われている。その通りではある。ただ、実況中継でしか味わえない感動「ドラマ」がある。この本を読んだ直後、スポーツを中継で見たいと思った。
この本の筆者は放送作家という立場で、多くのスポーツドキュメントやバラエティ、中継に携っている。大会の見どころを伝える事前番組の企画、注目選手のキャッチコピーを考えるような仕事をしているそうだ。この本では、そのような経験をもとに、スポーツ中継の舞台裏を徹底的にわかりやすく語っている。
「ついに夢の舞台へ。日本人初のNBAプレイヤーとなった田臥勇太、24歳」というように、第1章は英雄たちのデビュー戦から始まる。第3章の冒頭30秒の名文句では、こんなにもメッセージが綺麗に、時に静かに、時に強く語られているのかと惹かれた。松木さんの解説は、面白くて共感していたが、実に鋭い洞察力と勘からなっているのが理解できた(第5章 予言する解説者)。懐かしいものも多々ある。アトランタ五輪初戦のブラジル戦(マイアミの奇跡)、アテネ五輪の体操王国の復活。その中でも、長野五輪のジャンプ団体での大ジャンプ。「まだ距離が出ない、もうビデオでは測れない、別の世界に飛んでいった原田!」解説を読むだけでも、あのときの感動が蘇る。
カメラの先には全力でメッセージを発信しようとするアスリートたちの姿があり、彼らと心を一つにし、熱い思いを伝えようとするテレビの存在がある。プレーであれ、態度であれ、表情であれ、アスリートが抱く真摯な気持ちを一人でも多くの人に伝えること、それこそがテレビが担うべき役割。筆者の職を超えた熱い思いの一冊である。
(服部 紗都子)



伊藤 滋之 著

高岡英夫の歩き革命

本書では歩きをテーマにしてコリをほぐすメソッドを紹介している。  興味深いのが高岡英夫氏が展開する身体意識理論についても書かれていること。本書では「センター」と呼ばれる身体意識について書かれている。センターとは、よく言われる正中線や体軸と言われる身体の中心を通る線のことである。この身体意識を生み出すことにより姿勢や歩行の改善、身体のゆるみを得るというものである。詳細については本書または高岡英夫氏が身体意識理論について述べている書籍がいくつかあるのでご参照いただきたい。
 一般的なスポーツなどのレッスン書との違いは、自身の身体の内面に働きかけるといったところではないだろうか。この身体の内面が非常に重要だと私も思う。人はどこかが痛いなど、自分の身体に今起きている結果的な不具合には敏感だが、その過程にある痛みの原因に目を向けないことが多い。自分の中にある不具合の原因や状態の変化に気づくことにより、身体を健康に導けるのではないだろうか。このメソッドの前後では自分の身体に対する意識の感覚が変化していることに気づくと思われる。
 自分の身体の内面に気づきを与え、身体を改善するためのメソッドが豊富に書かれているのでぜひご一読いただきたい。
(三嶽 大輔)



高岡 英夫 著

からだの文化人類学~変貌する日本人の身体観~

著者は現在、お茶の水女子大学文教育学部で教授をされている文化人類学者。幅広い領域で活躍されている。この書籍は、さまざまな場面での「身体に対する我々の認知の様式」を軸に、それに伴う「文化」や「どのように身体が扱われているか」が時代や地域によってどのようなバリエーションをたどり現在に至るかが書かれている。
 歳を重ねることや生命の誕生と死について書かれている部分がある。医療化が進むこの世の中の流れについて黄色信号を発信している。人はただ健康体でいればよいのか? 長く生きればよいのか? これらを肯定する流れで発展し続けているのが今の医療であるが、それによって我々が失ったものがあるのではないか? このように、今一度、生命倫理学や文化学、人類学的な視線で身体について考えさせてくれる書籍になっている。
(宮崎 喬平)



波平恵美子 著

教養としてのスポーツ科学

スポーツ科学研究をリードすると言っても過言ではない早稲田大学スポーツ科学学術院編というだけあって、スポーツ医科学からスポーツビジネスまで各項目の執筆はその分野の一線に立つ教授陣が担当している。見開き1~2ページで各トピックの基本がわかりやすく解説されており、一通り読めば大学の授業のガイダンスをまとめて受けたかのように感じられる一冊だ。
 だが一方で、タイトルにも掲げられているのは「知識」ではなく「教養」。読むだけでは「教養」を身につけたことにはなり得ないだろう。執筆に当たって2003年の初版から「専門からの脱却」を試みているそうだが、限られた研究や現場に留まらずに執筆陣が展開した内容を、読者各人がスポーツライフで生かすことによって初めて、社会の中に溶け込んだスポーツ科学、副題にもあるような「アクティヴ・ライフの創出」と言えるのではないか。
(北村 美夏)



早稲田大学スポーツ科学学術院 編

柔軟性トレーニング

トレーナーとして必要な知識を幅広く述べていることが、この本の価値をさらに高めている。機能解剖、ストレッチの原理、またトレーニングの原則まで記載されているので、この1冊が小さな教科書のように感じた。
 実際にエクササイズを見ても、最近取り扱われているような内容であり、初版が1999年とは思えないということが驚く。当時からすれば画期的な本になっているはずである。
 もちろん現在でも十分有益な内容で、各エクササイズのポイントや発展形、注意点なども記載されているのがわかりやすく、現場に持参していても役立つ本であることは間違いない。
(河田 大輔)



クリストファー・M. ノリス 著

動作の意味論―歩きながら考える

動作に関わる本である。しかし、普通の運動生理学や医学の本というより、哲学的な視点から人間の動作を理解するための本という感じである。正直に言うと、内容や文章で用いられている語句は難しい。私見ではあるが、自分が身体を動かすときにはこんなことを考えて動く必要はないideaばかりなので、アスリート自身が読むような本ではない。どちらかというと、身体運動を研究したり分析したりする必要のある、運動指導者や医療関係者が読むための書籍である。
 具体的には、神経系と運動器系がどのように人間の運動・動作・行動を成しているのかについて、エビデンスを用いたり、過去の著名な研究者の文献などを引用しながら広く書かれている。ただ、初めに言ったとおり、哲学的な内容になっているため、普通の身体に関する本として読むと理解に苦しむ部分がある。運動生理学や医学的な知識を得るためではなく、もっと根本の「動作とは何か」という部分で見識を広めるために読むとよいと思われる。
 個人としては、第7章の「脳は筋肉のことなど知らない」と第8章の「日常動作が壊れるとき」が興味を引いた。普段、医学的知識を得ることが常の私にとって、「中枢神経系が筋肉のことを知らない」という観点は非常に独特であったし、8章に登場するブルンストロームやボバースの評価と治療についての内容はとても勉強になった。
 時間を見つけ、何度も何度も読んで理解を深めるのもよし、自分の興味のある章のみを読むのもよしの作品となっている。
(宮崎喬平)



長崎 浩 著

運脳神経のつくり方

学生時代は運動が得意なほうでもなく、ボールの投げ方やバットの振り方、受身の取り方がよくわからなかった。“運動神経がない”という簡単なコトバで終わらせていた過去の自分。そのときに、この本に出会っていたら、どうなっていただろうと勝手に想像しワクワクしていた。
 タイトルにある「運脳神経」とは著者がつくった造語である。普段の生活で行う動きやスポーツのときに行うダイナミックな動作など全ての動作は脳が司っている。また、運動神経は誰にでもあり、“運動神経がない”ということはない。しかしながら、過去の私のように誤った言葉の使い方や意味の捉え方をしている人がいる。「運脳神経」にはそういった運動神経という言葉が意味する誤解や誤った考えを避けたいという著者の願いがこめられている。  運脳神経をつくるルールやバランスチェック、実践方法が記載されている一冊。
(大塚健吾)



深代 千之 著

語感トレーニング―日本語のセンスをみがく55題

言葉というものは不思議な二面性を持ちます。細部に至るまでのキメの細かいルールにのっとって用いられる厳格な面もあれば、あいまいな部分や流行によって変化するという柔軟な一面もあります。とりあえずは文法に従って定型的な表現をしていれば、ある程度の意思伝達は可能になります。しかしながら言葉には奥行きの深さがあり、機械的な意思伝達に留まらないことは私たちも知っています。ちょっとした単語の選択や使いまわし1つによって同じ意味でも微妙なニュアンスの違いが生じます。またそれにより言葉を受け取る相手方が受ける印象が違ってくるから不思議でもあり、また難しくもあります。
 私たちが日常何気なしに使う日本語という言語も、その使い方がうまい人とそうでない人がいますが、それは言葉を選ぶセンスによりその違いが出てくると説明されます。同じ意味の言葉を話しても(書いても)細かいニュアンスまで正確に伝えることができたり、こちらの心情を理解してもらえたらと願うと同時に、最低限誤った言葉の使い方をしたくないと考えます。
 本書の目的は、そういった言葉の選択を的確にするトレーニングや意識付けであるといえましょう。堅苦しい感じはなく、クイズ番組を見ているような気軽な気持ちで読み進めることができるところに著者のセンスのよさを感じてしまいます。単語、文、文章をセンスよく使える人は作品全体にもセンスのよさがにじみ出てくるようにも思えます。
 筆者は「言葉のにおい」という表現を使いますが、言葉を生き物として捉えておられるのがわかります。生き物である以上、それぞれの言葉には性別や年齢もあれば性格まで持ち合わせていることを教えられました。
 社会で生きる私たちにとって自分の考えていること、感じていることを相手に正確に伝えるということはよりよく生きる上でとても重要な事柄です。言葉のトレーニングにより語感が高まり、的確な表現が身につけば素晴らしいことです。
 日本語がこんなにも豊かな言葉であったことに感動を覚えました。正しく使ってみたい言葉です。
(辻田浩志)



中村 明 著

スポーツ傷害のリハビリテーション

アスレティックリハビリテーションについて書かれている。アスレティックリハビリテーションの定義やアスレティックトレーナーについての説明から始まり、基本となるストレッチ、トレーニング、有酸素運動、水中運動、物理療法、アイシング、テーピングなどの基礎知識が事細かに書かれている。
 とくにスポーツで傷害が起きやすい腰部、膝、下腿・足部、肩、肘・手といった部位について安静期や回復期などの時期にどういったことを行えばよいのかが書かれている。さらに各部位に関しても非常に多くの写真が掲載されており、どういったエクササイズやストレッチを行えばいいのかが一目でわかる。
 全体的な印象としてアスレティックトレーナー専門科目テキストの第七巻「アスレティックリハビリテーション」をより詳しく説明している内容である。途中で挟むコラムも「運動中に水を飲むな!の誤り」や「スポーツ傷害とドーピング」などがあり、非常に面白い内容となっている。
(三嶽大輔)



山下 敏彦・武藤 芳照 (編集)

子どもに「体力」をとりもどそう―まずはからだづくりだ!

子どもの体力低下というのは最近と思われている方も多いようですが、実は20年以上前から指摘され続けてきたことです。本書は子どもの世界的傾向から、子どもの成長について、また、その成長に合わせた指導者としての役割について書かれています。
 私自身が子どもと関わる機会が多く、子どもの運動能力低下の要因の1つとして、環境的な要因の大きさを感じています。大人となって感じることですが、子どものときにできた動作は大人になっても個人差はありますが、案外できるものです。しかし、やったことのない動作というのはまったくといってできないものです。やはり、「子どもに対してより多くのことを教えてあげること」が大切です。
 土台となるあるべき姿から子どもがありたい姿へと導ける指導。子どもに関わる指導者はもちろん、保護者の方にも読んでいただきたい1冊です。
(大洞裕和)



宮下 充正 著

フットサル攻略マニュアル 100

最近のランニングブームが示すように、身体を動かしたいという願望が多くの人にあることは間違いない。ランニングブームは、場所を問わずに、ひとりで手軽に始められることがその要因である。ランニングのように手軽に始めることができる集団スポーツがフットサルだ。
 1チーム5人という少人数で、バスケットボールコート程度の広さがあれば、あとはゴールとボールを準備すればプレーできる。フィジカルコンタクトも厳しく制限されているスポーツなので、大人から子どもまで、男女関係なく気軽に楽しむことができる。一方で、Fリーグというプロ・フットサルリーグのチームが国内に10チーム存在する。1989年からはワールドカップも開催されている。開催回数もすでに6回を数え、2008年の前回大会では予選を勝ち抜いた本戦に20カ国が参加している。参加国がこれからますます増えていく世界的なスポーツだ。  この本を読めばわかるが、フットサルは単純なサッカーのミニ版ではない。フットサルは、バスケットボール、ハンドボール、水球を応用してルール化したスポーツである。戦術的にもバスケットボールにとても近い。ディフェンスの考え方などはバスケットボールそのものだと言ってもよい。またアイスホッケーのように、交替は試合中に自由に何度でもできるので、登録メンバー全員が試合に出場できるチャンスがある。実際の試合では、選手の組み合わせでチームカラーをつくり、戦術を立て試合を行っていく。プレーも切り返しが早く消耗が激しいので、交替なしの試合は考えにくい。戦術が勝敗を分ける知的スポーツでもある。
 フットサルは足でボールを扱うという特異性はあるが、他のスポーツをしている人でも始めやすいスポーツである。最近は、各地に人工芝の専用フットサル場も増えてきた。また、フットサルをプレーできる体育館も増えてきた。そのような場所で行えば、よりいっそう雰囲気も楽しむことができ、天候に左右されることも少ない。
 低予算でできるフットサルは、地域を活性化するためのスポーツになりやすい。「多種目」「多年代」を掲げている総合型地域スポーツクラブの種目としても導入しやすい。世界的には、サッカーチームをつくるほどの予算はないが、フットサルチームなら運営することができる、といった町が多く存在する。フットサルが盛んで小さな町の小さなクラブのほうが、ビッグクラブのフットサルチームよりも強いことも珍しくない。
 この本はフットサルをこれから始めたい、すでにプレイをしていて一層のスキルアップを目指す人の技術書としてうってつけである。また、フットサルがどんなスポーツか知りたい人や世界のフットサル事情を知ることもできる。技術書としてだけでなく、スポーツを楽しむ人を増やすツールとしてのフットサルを知ることができる本だ。
(服部哲也)



須田 芳正 著

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