ナンバの身体論
矢野 龍彦 金田 伸夫 長谷川 智 古谷 一郎
ナンバという言葉から「古武術」を想像するのは容易であろう。しかしナンバとバスケットボールとなると少し想像しにくいかもしれない。
この本は、桐朋高校バスケットボール部のコーチらが武術研究家の甲野善紀氏の古武術の身体運用法をヒントに、ナンバを「難場」と解釈し、難場を切り抜けるための身体の動かし方を模索した内容である。ナンバという言葉の由来から、ナンバの動き、練習などがわかりやすく書かれている。そして実際に著者らはこの考え方をバスケットボールというスポーツの中に落とし込み、大会の成績をあげてしまったのである。
難場を乗り切るにはやはり無駄を省く必要がある。つまり効率よく動くには、そのための動きを身体で獲得していく、自分の“身体で感じる”ということが大切だということも印象に残る。
(大槻 清馨)
出版元:光文社
(掲載日:2012-02-15)
タグ:古武術 バスケットボール
カテゴリ トレーニング
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コーチ論
織田 淳太郎
ちょっと書店に出かけてみると、ビジネスコーナーには「コーチ」とか「トレーニング」という文字が溢れている。指導して、能力を引き出すことがビジネスでも求められている。
もちろん、本書はビジネスものではない。あくまでスポーツのコーチ論だが、むしろコーチング論と言ったほうがよいかもしれない。著者は、スポーツライターでノンフィクション、小説の両分野で活躍とある。そういう人がこの分野を書くとどうなるか。
全6章で、「“頑張らない”ことが潜在能力を引き出す」「間違いだらけのコーチング」「日本人が捨てた究極の“走り方”」「メンタルトレーニングの真贋」「誰も教えてくれないバッティング常識の嘘」「やる気を引き出すコーチング」の順である。スポーツ科学的情報も多いが、結局コーチとは何なのか、今日本のスポーツあるいは社会が考えるべき材料にも満ちている。
(清家 輝文)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-08)
タグ:コーチング コーチ
カテゴリ 指導
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シマノ 世界を制した自転車パーツ 堺の町工場が「世界標準」となるまで
山口 和幸
堺の町工場から世界標準へ
本書は、自転車部品メーカー「シマノ」が世界一の自転車「パーツ屋」になるまでのノンフィクションドラマである。
株式会社シマノは現在大阪府堺市に拠点を置く。創業は1921年。鉄工所の職人であった島野庄三郎が島野鉄工所として興した会社である。
当初島野鉄工所ではフリーホイールというギヤパーツを製造していた。しかし、その初代社長庄三郎が逝去した頃には第一次サイクリングブームも終り、会社は経営の建て直しを迫られる。
そんな会社を引き受けたのが庄三郎の長男尚三である。そして、彼と弟の敬三、三男の喜三が会社経営に乗り出してからは、三兄弟は才覚と社内での役割を三者三様にこなし、これが“三本の矢”となって会社を大きく飛躍させていくことになるのである。
ブレーキにシフトレバーを載せろ
「おい長、あれ困るんちゃうか?」
7400の企画を担当していた長義和が、島野敬三専務に呼ばれた。長はSIS(シマノ・インデックス・システム)と呼ばれる変速機の位置決め機構を7400に搭載した際の中核となった人物で、それ以前自転車選手時代はミュンヘン五輪とモントリオール五輪に出場。モントリオールでは日本自転車界初の6位入賞を果たした日本短距離界の名選手であった。
「SISできてええねんけど、上りで立ち漕ぎするやろ。そしたらハンドルから手が離せないから、変速できへんやろ」
「まあ、できませんね」
(中略)
「あれって因るんちゃうか。アタックされるでしょう、こっちが変速しているすきにね」
「まあ、それもヤツらの作戦ですから」
「チェンジレバー、手元にあったらいけるんちゃうんか」
シマノを世界的自転車企業に躍進させた原因は、こんな発想の柔らかさにあったようだ。
ストレスフリーという名の自転車
この物語はシマノの商品開発に対する先見性とそれに注ぎ込む情熱が中心であるが、実は本当の主人公はここに出てくる社員一人一人なのである。
前述の会話にもあるように、選手の実績を持つ社員と会社のリーダーが直接意見をぶつけ合う。リーダーは常に誰でも乗りやすい、人間にとって限りなくストレスフリーな自転車を想像する。それを、技術者であったり、元選手であったりした人々に実現するように指示する。そして、この会社では指示を受けた人々が実に誠実に、満身に力を込めて実現しようとしている。ここにシマノの世界一たる所以がある、と著者は看取する。
翻って考えれば、スポーツ現場においてもコーチは技術者(選手)-人一人に先見性を持って技術の進歩・実現を望むべく指示を出し、選手が誠意を持って答えを出そうとしたときに最高のパフォーマンスが生まれる。
実業界とスポーツ界の違いはあれ成功の秘訣は同じところに潜んでいることに、本書を読んでいると気づかされる。
私事で恐縮だが、実は8年ほど大阪に在住していたことがあり、その間にシマノのレーシングチームで体力測定やら実走中のベタルにかかる力(踏力)の測定やらを手伝ったことがある。
残念ながら、我がデーターはまったくシマノの世界的躍進には役立たなかったようだが、本書中にも当時レーシングチームをまとめておられた岡島信平氏の名前や辻昌憲監督の名前を拝見し、妙な現実感を持ちながら本書を読ませていただいた。
日本は技術立国であると言われているが、本書を読んで改めて納得した。日本はまだいける、と勇気をもらえる一冊である。
(久米 秀作)
出版元:光文社
(掲載日:2004-03-10)
タグ:開発 自転車 パーツ
カテゴリ その他
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ナンバの身体論
矢野 龍彦 金田 伸夫 長谷川 智 古谷 一郎
光文社から発行された『ナンバ走り』(矢野ら著)の続編にあたり、前著で紹介されたナンバ的な動きの解説書となる本。副題は「身体が喜ぶ動きを探求する」。この身体論は、ナンバを「難場」と解釈し、身体的に無理のない、より素早い、より自然な動きによって困難なシチュエーションを切り開こうという考え方で、武術研究家の甲野善紀氏が提唱する古武術の身体運用法がもとになっている。
桐朋高校バスケットボール部のコーチを務める著者4氏が言う「ナンバ」は、捻る、うねる、踏ん張るといった動作をできるだけ避けた、広く普及している西洋式の運動とは正反対の動きを指している。第3章「ナンバ的動きの練習法」、第4章「ナンバ歩き、ナンバ走りの練習法」では、写真つきで具体的な練習法が紹介されており、第6章「桐朋バスケットボール部の取り組み」では現場で実践されたナンバ的な動きの効果と課題が金田氏によって語られている。
あとがきには、「否定的な意味であれ、肯定的な意味であれ、すべての人にとって考えるヒントになれば幸いである」とある。普段と異なる発想でからだを動かし、本書でよく使われている「身体との対話」を行うことによって、新しい発見が得られるかもしれない。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-08)
タグ:ナンバ バスケットボール 古武術
カテゴリ 身体
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駅伝がマラソンをダメにした
生島 淳
怪物番組
タイトルが刺激的だ。これが『マラソンは駅伝によってダメになった』ではいけない。多分、書店で何か面白い本はないかと探していた読者にとって、“駅伝”の文字は真っ先に目に飛び込んでくるし、好感も持つはずだ。「駅伝かぁ。最近すごいよなぁ。正月の名物になったもんなぁ。番組の視聴率もすごいんだろうなぁ。怪物番組だね、きっと」てなところで、次の“マラソンをダメにした”に目が移る。「そう言えば、最近日本のマラソンは女子はよいけど、男子はさっぱりだね。これは、駅伝のせいなのか? でも、駅伝ってだいたいマラソン選手を育てるのが目的でやっていたんじゃなかったっけ!? 変だな、面白そうだなぁ、この本買ってみようかぁ」となる。読者にわかりやすい言葉で、なおかつ適度に興味を刺激するタイトル。その点で、本書は先ず合格点。このほかに著者には「スポーツルールはなぜ不公平か」といったタイトル本もある。こういった著者のスポーツに対する独特の着眼点には感心しきりである。
さて、話をもとに戻そう。先ほど本を買うことにした読者の疑問の答えは?“駅伝って、マラソンの強化策?”なのか。本書は「ひと昔前、箱根駅伝は、極論すれば選手たちの息抜きのための大会だった」の一文から始まる。「1912年、日本はストックホルムで開かれた第五回オリンピックに初参加したが、マラソンを走った金栗四三氏は残念ながら棄権してしまった。そこで、駅伝という名前はまだなかったものの、ロードをリレーしていく競技を作って長距離の強化を図ろうとしたと伝えられている」。どうやら、読者の疑問は正解だったようだ。
メディアとスポーツ
タイトルにこだわるようだが、よいタイトルは読者の期待も裏切らない。では、なぜ駅伝はマラソンをダメにしつつあるのか。著者はその原因に“箱根中心のスケジュールが陸上競技界を席捲しつつある”ことを指摘する。「取材を進めていくと、箱根に出場するにはとても10月からの練習では間に合わないことがわかってくる。とにかくほとんどの学校が、1月2日と3日にチームのピークを持ってくるように調整を進める」そのため「駅伝に力を注いでいる学校はインカレを軽視する場合も多い」のが現状だ。つまり、トラック種目が軽視され始めた結果、マラソンに必要な基礎的な走力を身につける機会が減ってきていると言うのだ。「(マラソン日本最高記録保持者)高岡寿成は、(中略)箱根とは無縁の生活を送り、日本のトラックの第一人者(3000m、5000m、10000mの日本記録保持。2005年11月現在)となって、マラソンに転向してからマラソン日本最高記録をマークしている」の例や世界のトップマラソンランナーの経歴を挙げて、著者はトラック競技の重要性を説く。
しかし、現状ではまだまだ“箱根優位”は変わらない。そこには巨大なメディアが関与しているからである。「そして最近は、箱根を走ることがゴールだと考える選手も増えてきた。それだけテレビ中継の影響は大きいということである」。それはそうだろう。正月に真剣勝負である。学生(アマチュア)スポーツである。波乱万丈もある。涙あり、笑いあり、人情もある。これほどの日本人の心をくすぐる最良ソフトをメディアがほっておくわけがない。さらに、大変な広告媒体でもある。視聴者はひたすら選手の走る姿を観る。だから、出場校には絶好の宣伝の場となる。高校生も箱根を走りたがる。かくして、日本のお家芸と言われたマラソンには誰も見向きもしなくなる!? であろうか。来年は大阪で世界陸上が、2008年は北京オリンピックだ。しかし、世界陸上やオリンピック種目には駅伝はない。世界のトップにいてこそ、駅伝の魅力も増すというものである。駅伝の魅力は理解しつつも、井の中の蛙にならぬようにしてもらいたい、と著者も思っているに違いない。
(久米 秀作)
出版元:光文社
(掲載日:2006-03-10)
タグ:マラソン 駅伝
カテゴリ その他
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99.9%は仮説
竹内 薫
光文社新書の1冊。副題は「思いこみで判断しないための考え方」。
プロローグで「飛行機がなぜ飛ぶのか? 実はよくわかっていない」ときた。「ン? 本当に?」と誰でも思うが、本当。一応説明はされているが、科学的根拠はない。
しかし、著者はこう言う。「よく『科学的根拠』がないものは無視されたりしますが、それはまったくナンセンスです。なぜなら、科学はぜんぶ『仮説にすぎない』からです」。したがって、仮説だから、ある日突然くつがえる。
もうひとつ、本誌の読者なら「局所麻酔についてはメカニズムが詳しくわかっているのですが(もちろん、根本原理まではわかっていませんが)、驚いたことに、全身麻酔については、ほとんどわかっていないのです!」という箇所にうなずく人もいれば、驚く人もいるだろう。教科書には、いかに全身麻酔が効くか、いかに全身麻酔薬を用いるべきかは書いてある。しかし、なぜ効くかについてはほとんど書かれていない。
どんどん恐ろしい話になっていくが、天才物理学者リチャード・ファインマンの「科学はすべて近似にすぎない」という言葉も含め、本書を読めば、「世の中はすべて仮説でできていること、科学はぜんぜん万能ではないこと、自分の頭がカチンカチンに固まっていること」を知ることになる。科学が身近になり、首をかしげることの大切さがわかります。
2006年2月20日刊
(清家 輝文)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-11)
タグ:科学
カテゴリ その他
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人体 失敗の進化史
遠藤 秀紀
獣医学博士、獣医師である遠藤氏は、遺体を文化の礎として保存すべく「遺体科学」を提唱、遺体を知の宝庫と捉え、これまでも数々の著書を出版している。本書では、これまで解剖に携わった数々の動物の遺体から得た知識を基に、人間の身体について考察している。
人間の進化としてはよく二足歩行が取り上げられる。手に自由を与えたことにより脳を発達さえ、言語をも獲得したわけだが、「新しい身体は祖先を設計変更することでしか、生まれてこない。それが地球上で進化を繰り返していく生物たちの、逃れられない運命なのだ」と遠藤氏は記す。先祖となる生き物の身体の設計図が原点になっているからこそ、異なる進化をたどった鳥類や魚類などの身体の設計図を知ることは、ヒトがなぜ今のように進化したのかを知るうえで多くの情報をもたらしてくれるわけである。
では、私たちヒトとは、地球の生き物として、一体何をしでかした存在なのか。本書でも自問しているこの問いに対して、遠藤氏はヒトを前代未聞の改造品と位置づけ、“行き詰った失敗作”と結論づける。そこに至る経緯については本書を一読いただきたいが、読み進めると「そうなのかもしれない」と思わず感じてしまう。
2006年6月20日刊
(長谷川 智憲)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-11)
タグ:進化 身体
カテゴリ 身体
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スクラム 駆け引きと勝負の謎をとく
松瀬 学
その名の通りラグビーのゲーム中にみられる「スクラム」の本。確かにそれで間違いはないのだが、話の中心には「フロントロー」が据えられている。ただ、「フロントロー」をタイトルにすると、一般の人にはなんのことだか、まずわからない。だから、ラグビーに関係したことだと連想しやすい「スクラム」にしたのかと勘ぐってしまう。それくらいスクラムの主役である「フロントロー」という存在に深い愛情が注がれている、そんなマニアックな臭いがぷんぷんする本である。
その「フロントロー」。ラグビーを知らない周りの人たちに聞いてみると珍解答の数々が。「低い前蹴りのこと?」、あるいは「前から背の低い順に並ぶこと!」。やれやれ。「ロー」は「low(低い)」ではなく「row(列)」、つまり「front row」で「前列」のこと。3列で構成されるスクラムの最前列に位置する、左右のプロップとそれに挟まれるフッカーという3つのポジションを担う男たちのことである。
ラグビーになじみがない人がテレビでスクラムを見ても、ミスなどで途切れたゲームの単なるリスタートの形としてしか映らないかもしれない。しかし、これはラグビーの中でも最もエキサイティングなプレーの1つなのである。ゲームの流れを大きく左右する、非常に高いレベルの力と技のせめぎ合いがそこでは行われているのだ。ラグビートップリーグチームのスクラムを間近で見ていると、ギシギシと骨が軋む、そんな音が聞こえてくる。フロントローの鍛え抜かれた全身の筋肉は、理不尽なストレスに正面から立ち向かうため総動員されている。本文にもあるが、なにしろ片方のチームのフォワード8名の総体重は800kg前後。その塊が2つ勢いよく組みそして押し合うわけで、フロントローにかかる重量の単位は「トン」に跳ね上がるというものだ。寒い季節では、スクラムの周りだけ、湯気がモウモウと立つ光景がみられる。一本、一本が真剣勝負の過酷なプレーは、男の中の男でしか務めることはできない。つぶれた耳と大きな背中、寡黙だが大胆かつ繊細、そして聡明さも併せ持つ、そんな男たちにしか。まあグラウンドを離れれば、剽軽でずいぶんおしゃべりなトップ選手がいるのも事実だが。
本書ではそんな彼らの物語が生々しく語られている。「ビシッ」、「ゴリゴリ」、「ガチッ」。こんな擬音語も随所に登場するが、ラグビーが好きな人には伝わってしまう。というより、身体で覚えているその感覚で、そう表現するしかないと妙に納得してしまうのである。そしてスクラムは、一人ひとりが重ければ強いというわけではなく、フロントローを中心とした絆の深さこそが、本当の強さの秘訣である。そんなことも改めて思い出させてくれる。
この稿が出ている頃には、IRB(国際ラグビー評議会)によりスクラムのルールが安全上の理由から改正されている(日本国内は本年4月1日施行)。ラグビーは今でも頻繁にルールの見直しが行われる異色のスポーツであると言える。事故をなくすための取り組みが行われることは重要なことだ。ラグビーの戦術そのものが機動力をより優先させる傾向にもある。徐々に縛りが強くなるスクラムに、昔からのフロントロー経験者は歯がゆく感じるところがあるかもしれない。スクラムはそんなせせこましいもんじゃないんだ、と。それでもスクラムがラグビーにおいて、単なる「起点」ではなく重要な「基点」であることに変わりはなく、背中で語るその男気というものはこれからも引き継がれるのだろう。
本書でも紹介されている名言がある。「世界のサカタ」曰く「トライは自分ひとりでやったんじゃなく、トライしたボールには15人の手垢がついているんや」。慶応大学のフォワードに受け継がれている言葉に「花となるより根となろう」あり。テレビ中継では華やかなバックスのプレーに目を奪われがちだが、本書を読み、そしてぜひグラウンドに足を運んで、スクラムを直接見てもらいたい。そこでのフロントローの働きに注目してもらいたい。真の男の背中を感じてもらいたい。
(山根 太治)
出版元:光文社
(掲載日:2007-03-10)
タグ:ラグビー
カテゴリ 人生
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ハラスメントは連鎖する
安冨 歩 本條 晴一郎
読んで「ハラスメント」を受けた
「本書によりハラスメントを受けた」。これが、本書の過激とも言える導入部分を読んでいるときの率直な感想だった。本書は日常に巣くうハラスメントという「悪魔」を振り払うために、それを理解するためのものであるはずなのに。たとえば親子関係の中に存在しうるハラスメントの話があげられているが、親子の愛情という大事な部分を汚されたような気分になった。ひとつふたつの事象を取り上げて、愛されない、愛せないとは言えないだろう。同一人物が同一のメッセージを同一の行動や言動によって伝えようとする場合でも、そのコンテキストは日々の身体的、精神的揺らぎの中で常に変化する。また、受け止める側にも同じことが言える。私はそれが人間というものだろうと考えている。私にとって人間は不完全で不安定な存在であり、過ちを犯す存在だ。常に誰かの魂を傷つけ、誰かに魂を傷つけられる危険性を持っている。矛盾に満ち、虚実が入り乱れている。だからこそその中でよく生きることにこだわりたいとも思う。受け止める強さを持ち、立ち向かう強さを持ちたいと思う。己がどうあるべきかを追求すれば、時に自らの魂に疑問を持ち、改めていくことも必要だ。こんなことを考えていると、身の丈で生きることが精一杯になり、それが自然なことだと私自身は感じる。
深くえぐっていく
しかし、世の中ではそんなささやかな決意など簡単に吹き飛ばすような出来事が確かに頻発している。国が関わる大きなことから、日常目にする小さなことまで枚挙にいとまがない。尊い命が失われる事態になることも少なくない。メディアが視聴者や読者を小馬鹿にした情報を垂れ流し、悪質なハラスメントを行っていることもあれば、自ら進んでレッテルを貼られることで安心し、幸せを感じる人も多い。
本書の筆者は、対人関係でみられるその部分をより深く掘り下げていく。過去から現在に至る数多くの事例、文献を読み解き、そして何より己の心の中から目を背けることなく、さながら痛みにのたうちながらえぐっていくかのように。考える力が旺盛だということは大変なことだ。その理論は難解であるが、確かに興味深い。十分読み解いているかは正直言って私自身疑問だが、賛同できる部分も多い。しかし同時に、ネガティブな側面からの論述や、典型的で一方的な断言が多いことが気になるのだ。私自身は筆者にはお会いしたことはないが、「大変な時代で、向き合うべき問題は山積している。でも人間はそんなに捨てたもんじゃないんだよね。たとえばこんないい話もある」というような一言がもらえれば、それだけで救われる人も多いように思う。お気楽すぎますか。
スポーツで考えると
さて、スポーツというフィールドにおいて考えてみると、本書の内容の典型例として、指導者と選手との関係があげられる。確かに極端な例であれば、自分のことを有能だと思っているが実は無能な指導者のために選手が犠牲になるケースもある。また、自らの理論を他の理論を否定したうえで選手に押しつけることも問題視していい。私はアスレティックトレーナーとして、そのような例を聞くたびに、自分に何ができるかということを非力ながら自問する。また、高野連の特待生問題に対する取り組みなども、教育という名を借りた若者の可能性の芽を摘む組織によるハラスメントだと感じずにおれない。もちろんその制度を私益のために悪用する存在や、その制度により一般の学習を軽視するようなことが起こっていたのであれば、もちろんそこには別の問題がある。
しかしその一方で、試行錯誤を繰り返し、間違いを犯しながらも、懸命に選手のために尽力しようと努力を惜しまない指導者も数多く存在する。指導者の存在を実態以上にとらえず、うまくつきあい、自分たちのために必要な取り組みができるたくましい選手たちも数多く存在する。局面だけ見ればハラスメントに見えることでも、大局的に見れば選手が指導者を乗り越えていく結果を生み出すこともあり、また1つの目標に向かう大きな原動力になることもある。
確かに問題視すべきことも多いが、そこだけを取りざたすほど過敏にはなりきれない。
のび太にとっての「天使」
余談になるが、本書を読んでいて、その内容は「ドラえもん」という教材の中にも発見できるように感じた。ジャイアンというハラッサー(ハラスメントを仕掛ける人)、のび太というハラッシー(ハラスメントを受ける人)、スネ夫というハラッシーハラッサー(ハラスメントを受けた結果、自らをハラッサーと化す人)。ただ、ドラえもんはのび太のそばにいることでは、ハラッシーを救う「天使」にはなれなかった。最終回(数ある中の1つ)に彼は未来に帰ることでその存在を消し、のび太はそこでようやく自分自身で自分を脅かす存在に立ち向かうことになる。彼はその存在を消すことでのび太にとっての「天使」になれたのだ。この自立をいかに体得するかが、問題解決の1つになる。言うは易し行うは難し、だが。
(山根 太治)
出版元:光文社
(掲載日:2007-07-10)
タグ:ハラスメント
カテゴリ その他
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真剣
黒澤 雄太
スポーツでは真剣なプレーによって、心が動かされる、感動するというのは多くの人が体験したことがあると思う。真剣の意味とは、それを持ったときの切れ味重さから由来するものであるとも書かれている。それら剣に関わることを記した興味深い一冊である。
本書を読み進めていくと遠山の目付、観見の目付や、二律背反する相対境など、非線形科学の本を読んでいるような感覚になってくる。バタフライエフェクトや動的平衡などを、日本の武道という視点からみた書き方をした本であるともいえる。
さまざまな人物が登場してくるが、主に山岡鉄舟を軸に構成されている。鉄舟が無刀流を開くまでに至る人との出会い、挫折が書かれている。一時ブームになった、宮本武蔵の五輪書や般若心経などが数多く登場する。その中でもスポーツに関わる人間として、心に残った一文がある。著者が澤木興道老師の言葉を引用して、「坐禅はあたかも、武士が三尺の秋水(とぎすました刀)を引き抜いて身を構えていると同様に真剣な姿である。どんな人間でも、一番尊いのは、その人が真剣になったときの姿である。どんな人間であろうと、ギリギリの真剣な姿には、一指も触れる事の出来ない厳粛なものがある。(『澤木興道聞き書き』酒井得元)」と記している。
また、「道場で真剣を持って自己と向き合うということはこういうことです」とも記している。禅問答のようになったが、文中には禅と剣との関わりも出てくる。剣禅一如という言葉で頻繁に登場する。
鉄舟は剣の道の真理がすべてありとあらゆるものに通じているということを、こう述べている。
「此法は単に剣法の極意のみならず、人間処生の万事一つも子の規定を失うべからず。此呼吸を得て以て軍陣に臨み、之を得て以て大政に参与し、之を得て以て外交に当り、之を得て以て教育宗教に施し、之を得て以て商工耕作に従事せば、往くとして善からざるはなし。是れ、余が所謂剣法の真理は万物太極の理を究むると云ふ所以なり。」
人の生きる道とは、まさしくこの通りであると考える。先達の言葉をもう一度見つめ直したい。
読み進めていくうちに、自分はなんと小さなことにとらわれているのだろうと思った。少しずつ歩むことも大切であるが、時には大きく歩みを広げなければならないことを再確認させられた。振り返って読んでいきたい本である。
(金子 大)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-13)
タグ:武道 剣術
カテゴリ 人生
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スクラム 駆け引きと勝負の謎をとく
松瀬 学
「花となるより根となろう」
慶応フォワードの伝統の言葉である。ラグビーではトライをした選手がガッツポーズをしない。それはトライ(花)はスクラム(根)をフォワードが頑張ったゆえのことと知っているからである。
しかし、昨今ではトライの後に派手なパフォーマンスをする選手が増えた。パフォーマンス自体が悪いとは思わない。しかしラグビーが市民権を得ていたのは、そうした精神が日本人にマッチしていたからなのではないかと思う。 「男は背中でものを言う」
これもまたしかり。新日鉄釜石のプロップ石山さんはその典型であろう。朴とつな風貌、寡黙な男。まさに高倉健である。プロップの仕事は「スクラムを押されないこと」、押されることが許されないゆえ、鎧のごとき筋肉をつけ、「必死の覚悟」で練習する。しかし、スクラムに固執はしない。「最高のトライと思うのは、スクラムから顔を上げたら、バックスが展開してトライになっていたというもので…。そうなるとフォワードは何か得をしたような気がしていたものです」勝利のためにきわめて現実的で、自分の役どころを知っているのである。
2019年、ラグビーのワールドカップが日本で初めて開かれる。オリンピック、そしてサッカーのワールドカップに次ぐ世界的なイベントである。この本が「スクラム」の復権、いや「古きよき日本人」の復権につながることを願う。
(森下 茂)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:スクラム ラグビー
カテゴリ スポーツライティング
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馬を走らせる
小島 太
競馬がとりわけ好きなわけでもなく、賭け事も好きなわけでもない。競馬はウン十年の人生で1回しかしたことがない(しかも惨敗)。
しかし、なぜか競馬場は数ある“行ってみたい場所”の1つであった。つくり上げられた美しい馬体で走る馬の姿を、青空の下で見てみたかったのだと思う。この本を読んでその気持ちが増したことは言うまでもない。
小島太氏。北海道で生まれ、周囲に馬がいる環境で育ち、騎手として30年、騎手を引退した翌年から調教師という、筋金入りの"ホースマン"である。とにかく馬に対しての愛情に溢れている。ある人に言われた"馬バカ"が最高の褒め言葉だと自ら認めるほどの、馬バカっぷりである。そんな“馬バカ”の目線を通して、どのような過程を経てあの美しい馬体が作られ、競走馬として最高の舞台へ送りだされるのかが書かれており、競馬場に行ったことのない"にわか馬好き"はよりいっそう興味がそそられる。
また、厩舎の経営者として、馬主、調教師、(馬の)生産者、育成者、厩務員、騎手、そして競馬ファンなど、馬を通して関わる全ての人に対する配慮や、最高の状態でレースに出走させるために作りあげていくマネジメント論は、「出走する馬」=「試合に出場する選手」として読み進めていくと、チームスタッフや企業、指導者、父兄など、選手を取り囲む様々な人々に関わることになるトレーナーにとって勉強になることが多い。
(石郷岡 真巳)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:競走馬 マネジメント
カテゴリ 指導
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捕手論
織田 淳太郎
野球においての捕手とは、野手の中で唯一正反対を向き投手の放った球を捕る。また、ホームベースを守り得点の最後の砦としての役割を担うポジションである。
さて、みなさんは捕手に対してどんなイメージを持っているだろうか。投手は華々しく野球の花形であるのに対し、捕手はマスクを被りどこか陰湿で裏方的な印象がある。
そんな捕手にスポットを当て、あらゆる角度から捕手についての解説が述べられているのが当書である。
著者の取材に応じた数々の歴代捕手方からの貴重な経験談や具体的なゲームシーンの例を多く用いて捕手を解明しており、捕手というポジションの奥深さを感じられる。その中でもキャッチング技術は勿論のこと、配球のリードも捕手としての醍醐味である。そこにはバッターの特徴の他に投手との信頼関係、チームの作戦など様々な要素が絡まり複雑さが伺える。また、他の野手とは違い正対しているポジションである上、審判や打者と近距離に位置することから相互に影響している。
色々な働きをする捕手はその呼び名を正捕手、正妻、女房役、司令塔などとされるが、その多面性からどれも判然とされていない。捕手が担う役割についてはまだまだ書き足りないほどだが、野球の中で大切な要である反面、面倒なポジションといえる。
本書はそんな捕手の無限ともいえる魅力を十分に感じられ、1度でも野球に打ち込んだことのある方やプロ野球好きの方などにとっては面白みを味わえるだろう。
(池田 健一)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:野球 捕手
カテゴリ 指導
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オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す
三砂 ちづる
「オニババ」。この衝撃的なタイトルに、“一体どんなことが書かれた本だろう?”と、興味を惹かれた。
本書で言う「オニババ」とは、「女性性(身体性と生殖)から離れていってしまった女性たち」のことを指している。戦後、女性の社会進出が進むにつれ女性たちは、「女性らしさ」、「女性としての生き方」を忘れ、「オニババ化」してきた。本来の女性としてのエネルギーが、今、行き場を失っている。
本書では、女性の体、性、生殖、出産などをメインに、本来の“女性らしさ”とはどのようなもので、それが現代女性にとっていかに重要であるかを問いかけ、改めて「女“性”として生きること」の意味を考えさせられる一冊になっている。
(藤井 歩)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:女性
カテゴリ 身体
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強いだけじゃ勝てない
松瀬 学
1974年に関東学院大学ラグビー部監督に就任した当時は、関東リーグ戦グループ3部のチームであった。部員は8人、ボールやグラウンド、ゴールポストもない。以来30年余り、どん底のスタートから大学日本一の座に至る道のりが書かれている。「強いだけじゃ勝てない」とあるように、春口監督のラグビーにかける情熱と人間力が、選手や周囲のスタッフ、学校関係者に伝わり、チームがつくられていくヒューマンドラマが読み取れる。
指導者であれば、毎年よいチームづくりや強いチームづくりを実現していくうえで、何をすべきなのかを考えるだろう。本書からは、チームづくりに必要なこと、選手の素質を見抜く力、チームが発展していく中での春口監督自身の指導者としての成長も感じられる。また、さまざまな苦難・困難な出来事を乗り越えていく過程で、真の強いチームとは何かを考えている様子がわかる。
関東学院大学ラグビー部の逸話の中に「涙の雪かき」がある。試合では、グラウンドに立っているレギュラーメンバーだけで戦うのではなく、そこに立てなかったチームメイトの存在や思いがあってこそ生まれるチームの結束力の大切さを学ぶことができるだろう。また、ラグビー指導者のバイブル的名著、大西鐡之祐監督の「ラグビー」にある一節に春口監督は感動したことが書かれてある。それは、「ラグビーとは、人間と人間とが全人格の優劣を競うスポーツである。しかも15人の人格が形成するひとつの新しい超人格的チームが15人の結集される力にある何者かが加わって闘うとき、はじめてそこに相手にまさる力が生まれるのである」という1文であった。そこには、「1人はみんなのために、みんなは1人のために」の精神の大切さが目には見えない力となることを理解できるだろう。
春口監督は、ある年の慶応との決勝戦に敗れたとき、「強いだけでは駄目だ。いいチームじゃないと。周りから応援され、愛されるチームじゃないといけない」と思ったという。
ラグビーのみならず、さまざまなスポーツ種目の指導者、関係者に読まれることで、日々の私達の環境に感謝する気持ちや周りの人達の支えなくして、スポーツは成り立たないことを再認識することができるだろう。誰かが何とかしてくれるのではなく、自らの現場や足元からスタートしていこうという勇気がもらえる1冊である。
(辻本 和広)
出版元:光文社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:ラグビー 組織論
カテゴリ スポーツライティング
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予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える
岩田 健太郎
「ワクチン嫌いを考える」と副題がついたこの一冊。私自身がインフルエンザワクチンを打たないとお話をしたら知人の医師に勧められたのがこの一冊でした。
医学の世界は日進月歩という。この言葉は最先端を追っているように思えるが反面、その世界が「未完成」であることも意味をする。昨日の「常識」は将来の「常識」を保証はしない。常識は進歩に応じて変化をする。世の中の事象はそういう側面を持っている。事象だけではなく、どんなにたくさんの人情味あふれるエピソードをもつ「偉人」であっても、その人物の正しさを担保してはくれない。では、我々が持つべき心構えは何なのか。それが「健全なる猜疑心」であることをこの本の中では最初にはなされている。
次に「ダブルバインド状態」に話が進む。ダブルバインド状態とは、「どちらに転んでもたたかれる状態」を指す。インフルエンザワクチンは任意接種のため、打つことも打たないことも、どちらを選択しても、またどちらを勧めても必ず逆の立場の人間からは批判を受ける。まさにダブルバインド状態である。この解決策で一番簡単なのは「見なかったこと」にする、である。だが、自分に都合が悪い事実であってもそれを正視して物事の両面を見なくてはいけない。煮え切らない問題はまるごと受け入れる。成熟とは「曖昧さとともに生きていく能力を身につけていくこと」であることを著者は示唆している。物事はとかく「好き」「嫌い」から始まっていろいろなことを後付けしていってしまう。それがいかにも科学的なものであるかのように見えるが、実は都合の悪いことは見ないふり。
本の後半では、ワクチン史、各国の対応、過去の臨床データを列記してある。これを著者のいう「健全な猜疑心」で「ダブルバインド状態」であることを受け入れて見てみる。そうすることで実はワクチン以外の全てのこと、身の回りに転がる「健康」の問題、たとえばトレーニングにしても、治療にしても個人の「好き」「嫌い」の感情から多くのことが始まってしまっていることに改めて気がつかされ、「正邪」の問題として語ってしまっていること、その幼稚的な思考回路から脱却することが必要であることに気がつかされるのである。
この本では「ワクチンを打ちましょう」と推奨をするのでなく、自分の身の回りの問題、物事を「好き嫌い」や「正邪」の問題として捉えてしまっていないかという投げかけが、「ワクチン嫌いを考える」という副題に現れている一冊である。このあたりを踏まえて、知人の医師は私に、今の持っている常識をいつでも捨てる準備をしておくこと、それには健全なる猜疑心も必要だと伝えたかったのではないだろうか。またそんなことを考えるには非常にいい一冊であったと思う。
(藤田 のぞみ)
出版元:光文社
(掲載日:2013-05-17)
タグ:ワクチン
カテゴリ 医学
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「言語技術」が日本のサッカーを変える
田嶋 幸三
監督としてU-17日本代表を率いていた田嶋氏。海外のサッカー代表チームの立ち居振舞いを見て「瞬時に『勝負あった』と思ったとある。この強烈な危機感から、エリート教育の場を用意するという構想が生まれた。
本書はJFAアカデミー福島設立に向けてどのような試行錯誤が行われたか、またそこで行われている教育内容と、自立に向けての寄宿舎生活、その生活の中で自分の考えを論理的に表現する能力を養っていく様子をまとめている。なお、こうした若手育成で得られたヒントは、S級までの指導者向けライセンス認定のカリキュラムの中に、言語技術学習として導入されている。このような長期的視野に立った選手育成は、最終的には日本のサッカーそのものを育てていくことにもつながってくる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:光文社
(掲載日:2008-01-10)
タグ:サッカー コミュニケーション
カテゴリ 指導
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バルサ対マンU「世界最高の一戦」を読み解く
杉山 茂樹
筆者のスポーツライターという立場を最大限に活かした本になっており、冒頭数ページで理解できるぐらい、メッセージ性の強いものであるのは驚嘆した。サッカーが無知な人でも、スポーツに多少でも興味があるなら、瞬く間に読破するかもしれない。それぐらい、球団や人、ファンの方は食いつくほど魅力的な内容になっている。
私個人としては、この本の内容よりも著者の文章表現力が非常に勉強になった。一試合のバックボーンをこれだけ表現力豊かに記すことができるというのは、コーチングに関しても有益に働くことは間違いない。
(河田 大輔)
出版元:光文社
(掲載日:2014-02-20)
タグ:サッカー スポーツライティング
カテゴリ スポーツライティング
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サッカー ファンタジスタの科学
浅井 武
昨今のサッカー界で、ファンタジスタと呼ばれる選手が減っていると感じるのは私だけだろうか。
本書では、ファンタジスタと呼ばれる選手に必要な、技術や体力を物理学や生理学の言葉を用いながらも、サッカーの場面と結びつけて解説をしている。私も含め、頭を使うより身体を動かすことが好きな人にとっては、苦手と思われるような科学的な言葉が、自然と理解できる一冊である。
ファンタジスタのことを「創造性豊かなイマジネーションあふれるプレーで、味方や観衆はもちろん、相手選手さえも魅了してしまうプレーヤー」と表現している。この文章を元にさまざまな現役選手を想像したが、結局私の中でファンタジスタを見つけることはできなかった。
ファンタジスタのプレーを科学的に分析はできる。しかし、科学の力を持ってしても、ファンタジスタを生み出すことはできないであろう。ファンタジスタがファンタジスタと呼ばれる所以はそこにあるのではないだろうか。「ヒト」がプレーするサッカーというスポーツの面白さを、改めて伝えてくれる一冊である。
(橋本 紘希)
出版元:光文社
(掲載日:2013-10-23)
タグ:サッカー スポーツ科学 技術
カテゴリ スポーツ医科学
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痛くない体のつくり方 姿勢、運動、食事、休養
若林 理砂
本書は、痛みに不安を抱えている方が何をすればよいか、東洋医学を中心にわかりやすく教えてくれる一冊である。治療家の方なら経験があると思うが、患者はもちろん、友人からも身体や痛みに関わる相談事を受ける。相談の内容により簡単に答えられるが、今後のためにも身体に対する考え方など伝えたいことは山ほどある。そのときに、本書の存在を知ってしまった私は、この一冊をまず読んでほしいと言ってしまいそうだ。
身体についてわかりやすく人に伝えるのが私の仕事なのだが、活字に慣れている方なら本当に読んで貰うかも知れない。そのくらい綺麗にまとまった内容なのだ。本書に「痛みリテラシー」という言葉が出てくる。これは、痛みを冷静に受け止め、適切に対処できるようになることをいう。この痛みリテラシーには、学習と訓練が必要で、それを教えてくれるのが本書ということだ。
痛みのメカニズムから、ペットボトルや爪楊枝を使った家庭で簡単にできる東洋医学的治療。ニュートラルな姿勢づくり、生活習慣の改善。治療をする上で患者にも理解しておいていただきたい部分が網羅してある。患者へは自身の身体の取り扱い説明書として、治療家へはアドバイスの参考書として、本書をお勧めしたい。筆者が出会った患者の話や、古武術の考え方にも触れられるのもまた興味深いところである。
(橋本 紘希)
出版元:光文社
(掲載日:2016-04-18)
タグ:東洋医学 養生
カテゴリ 身体
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痛くない体のつくり方 姿勢、運動、食事、休養
若林 理砂
2年先まで初診予約が埋まっているという若林氏が「患者を減らしたい」と筆を取った。
まず現代人がいかに身体の痛みに鈍感かを、実際のエピソードを交えて訴える。認識を変えることはもちろん、病院に行く前に相談できる人の存在の大きさが伝わってくる。次に受診の結果、重大な病気ではなかった場合の対応として、鍼灸師である著者ならではの「ペットボトル温灸」「爪楊枝鍼」といった自分でできる方法を紹介。そして痛みを予防すべく、望ましい姿勢、食事、睡眠、心的ストレスとの向き合い方をまとめた。心身は全てつながっているのがわかる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:光文社
(掲載日:2016-01-10)
タグ:鍼灸 身体 ストレス
カテゴリ 身体
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低予算でもなぜ強い? 湘南ベルマーレと日本サッカーの現在地
戸塚 啓
日本のスポーツチームは、大企業にバックについてもらうか、それ以外は低予算でやりくりせねばならないとよく言われる。Jリーグ参加6年目にメインスポンサーが撤退、市民チームとなった湘南ベルマーレは後者だが、「今ある予算で何ができるか」という考え方はしていない。それを、J1昇格を決めた2014年前後に限らず、市民チームとなってからの約15年にわたって追ったのが本書だ。チームの会長、社長、監督、テクニカルディレクター、営業本部長、事業部長は、プロとして地域に何を与えられるかを出発点に湘南らしいサッカーを貫き、それを可能にするべく市場を広げてきた。低予算だからこそ甘えずに理念を極めた結果、成績もついてきつつあるのがわかる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:光文社
(掲載日:2016-03-10)
タグ:サッカー マネジメント 経営
カテゴリ その他
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素潜り世界一 人体の限界に挑む
篠宮 龍三
スポーツにおける人間臭さ
スポーツの世界では科学の力、医学の力が日々深みを増し、アスリートの可能性を今まで以上に引き出す手助けをしている。サポートスタッフは充実し、新しいデバイスや栄養食品などが次々に生み出され、アスリートを取り巻く環境は発展の一途だ。最先端にいる新しい領域への挑戦者たちは、あらゆる手立てを用いてその高みを目指す。そう、メジャースポーツは、だ。対極にあるマイナースポーツと呼ばれる数多くの競技は、メジャースポーツで産み落とされる様々な知見を活用することはできても、環境を整えるのには限界がある。だが、メジャースポーツにおいて鼻につくほど人工的な匂いが強くなる一方で、マイナースポーツに色濃く残る人間臭さは、スポーツ本来の姿がわかりやすく見えて好ましく感じることも多い。
競技の魅力
日本国内の競技人口が「男女合わせて100人くらい」の「体系化されていない部分がまだまだ多く、逆に言えば自由度が高い」超マイナースポーツであるフリーダイビング。本書は、その複数種目の日本記録保持者である篠宮龍三氏の「素潜り世界一への挑戦の軌跡」である。
その競技にのめり込んだ理由を、冒頭では「生まれながらに不器用な自分が日本一、世界一を狙える競技」として取り組み始めた、と山っ気たっぷりに表現されてはいるが、ごく限られた人間にしか体感できない深い海に触れられるこの競技に魅了されていることがよくわかる。プロであり、日本の第一人者である以上、このスポーツを職業として成立させなければならないし、世界記録達成や競技普及が確固たる目標になるだろうが、超自然界と一体化するような、言葉では表現しつくせない感覚を存分に味わいたいという純粋な欲求に突き動かされていることが伝わってくる。
水深30mで「水圧で圧縮された肺からは浮力が抜け落ち、ウェットスーツの浮力も及ばなくなる。両手で水をかいたりフィンで水を蹴ったりする必要はない。全身を1本の線のようにするだけで、1秒ごとにおよそ1メートルずつ潜行していく」というフリーフォールと呼ばれる状態。さらに深くなると「脳、心臓、肺といった生命維持に不可欠な中枢器官へ、血液が集まっていく。血液がどんどん送り込まれていくので、脳が熱くなる。逆に指先は、血の気が引くように冷たくなっていく」というブラッドシフトという現象。進化のために人間に至る系譜の中で捨て去った海という環境は人間を拒絶する。水の中で人間は生きられない。海深く潜るということは、死に誘われていくのと同じだ。しかし、じっと水に浮かんでいる状態であれば8分近くも息をこらえることができる人たちはその限界点を、ほぼ我が身ひとつで超えに行く。
しなやかな強さ
神秘の世界では、その魔力に完全に虜になれば生の世界に戻ってくることはできなくなるから、どこかに冷静に自分自身を見つめる目が必要だ。篠宮氏が「親のような自分を同居させる」と表現する感覚だ。そんな自分をつくり上げるためにはトレーニングのみならず、普段の生活の中で深く自分を見つめ続けることが必要だろう。生活のほぼ全てがそのためにあると言っていいかもしれない。その心構えは自分をあるべき自分に押し上げるだろう。人に賞賛されるためでも、報酬を得るためでも、社会的地位の高い存在になるためでもなく、ただ自分がありたいと願う自分にだ。
以前テレビ番組で特集されていた女性フリーダイバーを見たとき、この人は海に引きずり込まれてしまうのではないかという危うさを感じた。海に取り憑かれているのではないかというくらい、ある種の悲壮感を醸し出している気がしたのだ。しかし本書を読む限り、篠宮氏にはそのような印象は感じない。自身が渦中にあった不幸な出来事や、自身の思惑が大きく外れてしまった経験などを通じて激しく懊悩しながらも、過酷な環境で自然に溶け込むために磨き上げたしなやかな強さを感じさせるのだ。氏の目指すコンスタント・ウィズ・フィンでの世界記録達成を心から期待しているし、それが現実となれば驚異的なことだと思う。しかし万が一その数字に到達しなくとも、その歩みは何ら陰ることはない。
我々人間は様々なことを通じて自分を磨き上げていく。スポーツはその手段のひとつで、非常にわかりやすいものだ。そのスポーツを通じて己が変わっていくことを感じる中で、競技というところから純粋な鍛錬とも修行とも言うべき次元にシフトする人がいてもいいように思う。ルールや道具に縛られず、自分自身の身体も含めた自然という存在だけを話し相手に、内に外に意識を巡らせ関わりを探る。そうして自身を磨くことこそが、本来あるべき鍛え抜くという姿のようにも思える。
本書でも紹介されている禅のことばである「修証一等」は、修行は悟りのための手段ではなく、修行と悟りは不可分で一体のものだという意味である。篠宮氏は「頑張ったからといって、素晴らしいご褒美をいただけるとは限らない。一生懸命やったことが証でありご褒美だという気持ちを表す言葉だ」と考えている。心を込めて精一杯生き抜くことが、すでに何らかの証になっている。メジャースポーツであれマイナースポーツであれ、どんな環境にいてもそれは間違いのないことだと思う。
(山根 太治)
出版元:光文社
(掲載日:2015-01-10)
タグ:素潜り フリーダイビング
カテゴリ 身体
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スポーツとしての相撲論 力士の体重はなぜ30キロ増えたのか
西尾 克洋
相撲ライターの著者が、最新の大相撲事情をQ & A 方式で解説する。大相撲はテレビ中継などで目にする機会こそあるが、暗黙の了解と思えるものも多い。「横綱の品格」とは? 新人力士をどのようにスカウトするのか? といった素朴な疑問に答えていく。巻末には2021年時点の幕内力士42人の紹介もあり、格式張らず楽しく観てほしいという「相撲愛」が感じられる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:光文社
(掲載日:2021-08-10)
タグ:相撲
カテゴリ その他
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真剣
黒澤 雄太
著者にとって真剣とは、比喩ではなく真剣のことを指す。真剣を使った道場(日本武徳院試斬居合道)を開き、後進への指導を行っている。自らも修行を重ねており、雑念が入ったり、考えては斬ることができないこと、そしてその 1 回ごとの結果は斬れたかどうかですぐに明らかとなる。これは禅に通じるものがあるという。対象とどのように向き合うかは、実は自分自身と向き合うこと。この深い対峙によってパフォーマンスが決まる。それはまさに真剣勝負であり、本書から学ぶところは大きい。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:光文社
(掲載日:2008-09-10)
タグ:居合
カテゴリ その他
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サッカーマティクス 数学が解明する強豪チーム「勝利の方程式」
David Sumpter 千葉 敏生
運動が特別に得意というわけではないロンドン生まれの数学者が大好きなサッカーに貢献すべく、パスワークなどチーム戦術をモデリングし、先を読む力を始めこれまでは漠然と「センス」と呼ばれていた選手の能力を数学的に読み解いた。確率や動きのパターンに留まらず、ピッチ内外のさまざまな事象が「集団行動」をキーワードとして数学的に説明できることに驚かされる。強いチーム、優れた選手はやはり数学的にも美しい。もちろんすべてが理論通りにいくわけではないのがスポーツの面白さであるが、視点を変えることで新鮮な気づきがある。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:光文社
(掲載日:2017-08-10)
タグ:サッカー
カテゴリ スポーツ医科学
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スポーツとしての相撲論 力士の体重はなぜ30キロ増えたのか
西尾 克洋
昭和から平成にかけて激変した相撲。スポーツ誌やビジネス誌などで相撲ライターをしている筆者が、大相撲を「決まり手」「体格」「ケガ」「指導」「学歴」「国際化」「人気低迷」の7つのキーワードで読み解いた一冊。相撲に対する様々な疑問に答える形式で書かれており、力士の入門から引退まで、一日の生活、相撲界独特の風習など、満遍なく解説してあります。
そして相撲に関する問題が起こるたびに「神事」なのか「スポーツ」なのかが議論されていますが、これはあくまでも2021年現在の大相撲を「スポーツ」としてみた場合なので、ストレートでわかりやすく「あれはそういうことだったのか」と相撲への理解が深まりました。
(山口 玲奈)
出版元:光文社
(掲載日:2022-04-07)
タグ:相撲
カテゴリ その他
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ONE TEAMのスクラム
松瀬 学
私自身ラグビーのプレー経験といえば高校生のころ体育の授業でかじった程度で、ラグビーが体格・体力に恵まれた力と力のスポーツという印象を植え付けられた程度で、それ以上興味がわかなかったというのが正直なところです。ところが2019年のワールドカップで日本代表が活躍し、改めて興味を持ったにわかファンになってしまったようです。
私がラグビーに対し新たな認識を持ったのは単なる力と力のぶつかり合いで日本代表が活躍したのではなく、力プラス頭脳で勝ち進んだことで、今までラグビーに対して持っていたイメージが一新されたからにほかなりません。
「ONE TEAM」というワードが単なる精神論ではなく、戦術・戦略も含む一体感のあるチームという具体的な機能面まで含んだものだったことに興味を持ちました。
本書は「ONE TEAM」が具体的にスクラムにどう機能したかに焦点を当てた内容です。ただ技術論だけではなく選手個々の解釈やイメージまで掘り下げられていますので、そのときのチームの様子がリアルにイメージできました。選手やコーチのそれぞれの捉え方が集結して実際のプレーに結びつく展開はチームの一員になったかのような感覚に陥りました。
まったくのラグビーのド素人がなんとなくわかったような顔をして頷ける戦い方の解説は必読。実は何一つわかっていないのでしょうけど、読み終えた満足感や興奮は「あのとき」を思い出させます。
私のように読了して満足を得る人もいるでしょうが、「ONE TEAM」の発想・着眼をそれぞれのフィールドに持ち込んで展開するつわものもいるかもしれません。読み手の考え一つで「ONE TEAM」を構築できるかもしれません。
(辻田 浩志)
出版元:光文社
(掲載日:2022-08-25)
タグ:ラグビー チームビルディング
カテゴリ スポーツライティング
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