人間は遺伝か環境か? 遺伝的プログラム論
日高 敏隆
遺伝子の研究が急速に進み、遺伝子でだいたいのことは決まっていると思いがちだが、もちろん環境要素も大きい。だから、「遺伝か環境か」と問われる。だが、著者はこう言う。「そもそも遺伝子とか遺伝とか言うけれど、何のことを言っているのだろう?(中略)遺伝と環境の両方といったらどういうことなのだ?」
これについて、生物学、とくに現代動物行動学の認識に立って、根本的に考えてみたのが本書である。「遺伝子と『持って生まれた性質』としての遺伝との関係がどうなっているのかは、じつはまだほとんどわかっていない。『遺伝』とは、そういう漠然とした状況の中で使われている言葉なのである」そこで出てくるキーワードが「遺伝的プログラム」である。これについて著者はわかりやすくこうたとえている。
「遺伝的プログラムとは、入学式などの式次第とよく似たものである」。つまり開会の辞だの、校長あいさつだの、「順番」は決まっているが、どんなふうに行われるかは書かれていない。しかし、こうして順番どおり具体化されることがプログラムにとって大切なことである。遺伝的プログラムも同じで、種にとって共通で一般的なのだが、具体化していくのは、ひとつひとつの個体である。個体(個人)が覚えたこと、経験したこと、癖、気分、それらを含めて発育が進んでいく。つまり「人生とは遺伝的プログラムの具体化だ」ということになる。「遺伝か環境か」、この問いに対する考え方が変わる本である。
2006年1月20日刊
(清家 輝文)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2012-10-10)
タグ:遺伝子 環境要因
カテゴリ 生命科学
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遺伝子が解く! 万世一系のひみつ
竹内 久美子
動物行動学を専門とする竹内氏が素朴な疑問に答える週刊文春の連載をまとめた本。読者が寄せた55の質問とその回答を収めている。
最初に取り上げられている43歳男性の“(前略)男にとって女性のくびれは、いったいどんな意味を持っているのでしょうか”という質問では、「くびれたウエストは、妊娠していない(あるいはした経験がない)ことの証」という説をきっぱりと否定、くびれている女性が受胎しやすいこと、男性にとってくびれている女性が圧倒的に人気があることを示した研究を挙げ、「そもそも人間の女は、脂肪を如何に体にめりはりつけて蓄えるかを魅力にする動物なのです」と説く。38歳女性の飼い主とペットが似ているのがなぜかとの疑問には、人間が似たもの同士で惹かれる現象(アソータティブ・メーキング)を引き合いに出し「ペットとの間にも出てしまったということ」と回答。顔写真からペットの飼い主を当てるクイズが収められているが、正解を見ると思わず納得してしまう。
遺伝子がいかに私たちのからだに作用しているか、読めば読むほど実感できる。
2006年5月15日刊
(長谷川 智憲)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2012-10-11)
タグ:遺伝子
カテゴリ 身体
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「北島康介」プロジェクト2008
長田 渚左
アテネオリンピックと北京オリンピックにて、2大会連続で100m平泳ぎ、200m平泳ぎの2種目共に金メダルを獲得した北島康介選手。そのメダルの陰には、通称「チーム北島」と言われる各分野のスペシャリストである5人のスタッフの存在があった。
本書では、コーチである平井氏と北島選手が出会ったときから、アテネオリンピックで金メダルを獲得するまでのスタッフ5人と北島選手の努力の日々が描かれている。
北島選手とコーチである平井コーチが出会ったのは、北島選手が14歳のとき、特別泳ぎが速いわけでもなく、体格も決してよいとは言えない平凡な選手の一人であった。ある日、平井コーチの仕事先でもあり、北島選手が通っていたスイミングスクールで二人が会話をしたとき、「何者も恐れないというような光のある眼」に将来性を強く感じ、平井コーチは北島選手を育てることを決心する。その後、北島選手をオリンピック選手に育てるため、平井コーチに加え、映像分析、戦略分析、肉体改造、コンディショニングのスペシャリストが立ち上がり、アテネオリンピックで金メダルを獲得するまでのそれぞれのスタッフから見た北島選手の当時の様子やスタッフの率直な気持ちが描かれている。
チーム北島と言われる5名のスタッフも、オリンピックで戦う選手を支えている立場だからこそ感じるプレッシャーや不安や苦悩の日々があったことを改めて感じとることができた。また、北島選手自身もメディアでは映し出されていない、大会前後の気持ちや想像を絶するような努力の日々が描かれている。
このように、選手からスタッフまで、さまざまな視点から描かれている1冊である。
(清水 歩)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2012-10-13)
タグ:水泳 スタッフ
カテゴリ 人生
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「北島康介」プロジェクト2008
長田 渚左
言葉通りの結果と期待以上の感動
北京オリンピックの表彰台に立つ3人のアスリート。中央は一段高いはずだが、頭の位置が皆変わらない。そんな体格的に決して恵まれているわけではない中央のアスリートは、試合前に誰よりも強い眼の光を放つ。自ら世界記録を出して金メダルを獲得することを明言した。周囲の期待を一身に背負っていた。他人には計り知れない重圧の中、その言葉通りの結果を、そして期待以上の感動を見せつける。そんな男にはなかなかお目にかかれない。
本書はその男、北京五輪で2つの金メダルと1つの銅メダルを獲得した競泳平泳ぎの北島康介選手と、彼を支える「チーム北島」についてのドキュメントである。言わずとしれた平井伯昌コーチを軸に、映像分析担当・河合正治氏、戦略分析担当・岩原文彦氏、肉体改造担当・田村尚之氏、コンディショニング担当・小沢邦彦氏という「5人の鬼」が描かれている。2004年に刊行された『「北島康介」プロジェクト』に、新たな取材をもとに加筆され、北京五輪を前に発行されたものである。
勝負の「鬼」
北島選手はまさに勝負の「鬼」と呼ぶにふさわしい眼光を持っている。その彼が「鬼」と呼ぶ平井コーチは、一見すると温和そうな風貌である。しかし、「選手をコーチのロボットにしては駄目だ」「選手はコーチを超えていかないと駄目だ」「選手は勝手に育つんです」「康介の康介による康介だけの泳ぎを考えた」「既存の××理論などに康介をはめたのではない。康介から良いところだけを引っぱり出すために何かをプラスしたのではない。余計なものを削ぎ落としてシンプルにした」といった語録を見ると、確固たる己の人生哲学を基礎にコーチングしていることがわかる。
もちろんこれらの発言そのものではなく、それを北島康介というたぐいまれなるアスリートの中に昇華させたことが凄いところだ。100mと200mがまったく別物だという水泳界のそれまでの定説を「やり方しだい」と考えを巡らせたことや、一般的には欠点とされる身体の硬さを、逆にどう活かすかという工夫につなげたエピソードなどにそれが垣間見える。そのほかにもさまざまな観点から北島選手をサポートし育て上げるチームの奮闘は読み応えがある。それにしても0.1秒の違いを身体で感じ取る感覚が必要になるのだから、常人には理解できない世界である。
チームの相乗効果
いわゆる集団競技でも、強いチームは選手やスタッフの巡り合わせがいい。互いの相乗効果でチーム力が期待以上に上がるからだ。チーム北島は高いプロ意識と実力を持った専門家の集まりだが、このチームの相乗効果というものがどれほど凄まじいものだったかは、その結果を見て推して知るべし、である。もちろんアテネ五輪以後の4年間だけでもその過程で失敗や苦悩がどれだけあったのか想像もつかない。
そんなことを考えると、「よくやった」と気安くほめることさえはばかられる思いがする。ただただ感動するのみ。たとえどんな結果であったとしても、それは国を代表して五輪に参加した多くのアスリートに対しても同様である。
(山根 太治)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2008-11-10)
タグ:水泳 スタッフ
カテゴリ 人生
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宿澤広朗 勝つことのみが善である
永田 洋光
早稲田大学ラグビー部のキャプテンを務め、日本代表になり、卒業後は住友銀行に入行、同銀行では最終的に専務執行役員にまでなり、その激務を続けながら日本代表監督としてスコットンランドに勝利した宿澤広朗氏のラグビーを通じた人生を、詳細で時間のかかった取材でまとめたもの。副題は「全戦全勝の哲学」。
東京大学が紛争で入試を中止したときの受験生で、宿澤氏は早稲田大学政経学部に進んだ。一般学生としてラグビー部に入部、「1週間でやめるだろう」と思われていたが、すぐに1軍選手となり、あとの活躍は言うまでもない。なぜ「勝つことのみが善である」というタイトルなのか。
宿澤氏はテレビ東京の『テレビ人間発見』でこう語った。
「競技スポーツも、資本主義経済も、勝つことが正しい目的なんです。ただ、やり方を間違えると、“勝利至上主義”とか、“儲け主義”と言われる。結局、最後は金銭ではなく、名誉ですよね」。言葉の意味するところは大きい。
真剣に考え、やるべきことをやればまず負けないと言う。「真剣」という言葉の意味を痛いほど知ることができる1冊である。文句なし。おすすめする。
2009年6月10日刊
(清家 輝文)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2012-10-13)
タグ:ラグビー
カテゴリ 人生
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不屈の「心体」 なぜ闘い続けるのか
大畑 大介
過酷な競技、ラグビー
トップアスリートはいつしかその華やかな舞台から降りるときがやってくる。まだ続ける力を十分に残しながら新たな人生を始める人あり、衰える身体に折り合いをつけながら続ける人あり、あるいは満身創痍になっても続ける人あり。続ける機会を奪われる多くの人を除けば、自分で進退を決めるその判断に是非はない。当人の価値観なのだから周囲があれこれ口を挟むことではないだろう。このトップレベルに名を連ねる期間は、競技によって大きく異なる。もちろん、同じ競技でもポジションによっても大きく異なる。そして多くの競技の中でもラグビー選手としてトップであり続けることは、他競技に比べて肉体的にずっと過酷だといっていいだろう。
本書は自他ともに認める現在「日本で最も有名なラグビー選手」大畑大介氏の半生記である。2007フランスワールドカップの8カ月前に右アキレス腱を断裂し、懸命のリハビリにより復帰。本戦を2週間後に控えた調整試合でまさかの左アキレス腱断裂という悲劇に見舞われた選手である。スピードスターとしては致命的とも言える両アキレス腱断裂。しかし物語は終わらない。彼はトップリーグに復帰してきたのである。
フィールドに立ち続ける
本書でも描写されている彼の復帰戦を、私は長居スタジアムで観戦していた。インターセプトからトライを奪った復活を印象づけるシーンでは、持ち前の加速感は本来の姿を失っていた。しかし、「やっぱり何か持っとるな」と多くの人が思ったはずだ。ただそれよりもディフェンスを中心とした、どろくさいチーム貢献プレーが印象に残った人も多かったのではないか。そのあたりは、本書の内容からも間違いなさそうである。スピードスターがその持ち味を失ったとき、舞台に背を向ける人は多いだろう。しかし自分の持ち味が失われていくことに抗い、それと同時に足りないスキルを向上し、総合力でチームからの信頼を失わずフィールドに立ち続ける。個人的にはそのようなアスリートに強く惹かれる。 決して恵まれた体格ではなく、学生時代も決して王道を進んできたわけではない。その彼が度重なる逆境を乗り越えてきたのは、「超」ポジティブな性格ならではだろう。本書全編を通じてそれがビリビリ伝わり、感動的ですらある。もちろん先述のアキレス腱断裂や、あるいは一章を割いている「ノックオン事件」なるモノに関しては本人が描写している以上にたたきのめされたはずだ。ノックオンとはラグビーのプレー中にボールを前方に落とすことで、この「ノックオン事件」は、重要な局面での信じられないノックオンにまつわる話である。
その失敗そのものより、それが起こるに至る自分の取り組み方をひどく責めている。超ポジティブ男をして「消えたい」と言わしめる落ち込みはそんな内省から起こるのだ。詳細は本書を見ていただくとして、そこからの立ち直りは文章で表せるほど生やさしいモノではなかったはずだ。いずれにせよ、スーパースターの名を借りてあれこれ指南するノウハウ本より、俺はこう生きてきたんだとただ語るもののほうが格好よく、胸に響く説得力がある。
アキレス腱断裂によりワールドカップ出場を逃した翌年の2008年度シーズンにトップリーグに復帰した彼は、シーズン中に肩甲骨を骨折し手術を受けている。しかし2009年度には公式戦13試合中8試合に出場し、今年も現役を続行している。満身創痍の彼が活躍する姿も見たい反面、若手選手がすっぱり引導を渡してもらいたいとも思う。今シーズンはそこにも注目してトップリーグを楽しみたい。
(山根 太治)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2010-07-10)
タグ:ラグビー
カテゴリ 人生
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エアロビクス・ライフスタイル・ブック Sports Graphic Number Special Issue
Sports Graphic Number
Sports Graphic Number『ナンバー』誌からエアロビクスのSpecial Issue
──さて今年はどうなるのだろう
文藝春秋の“Sports Graphic Number”を読んでいる人も多いだろうが、同誌は昨年エアロビクスの特集を組み、さらに暮れにSpecial Issueとして出したのが、この『エアロビクス・ライフスタイル・ブック』である。TVでエアロビック・ダンスが放映され、この『ナンバー』誌が2度にわたって紹介するにおよび、1982年の出来事としてエアロビック・ダンスの流行を挙げてよいほどになった。それ自体は歓迎すべきことであるが、エアロビクスとはエアロビック・ダンスという短絡も生じさせたフシもある。しかし、それはささいなことかもしれない。きっかけは何にしろ、自分の身体の健康やフィットネスに関心を持つのはよいことである。それがダンスであろうが、ジョギングであろうが、身体のことを考え、学び、身体を動かしてエアロビクスを実践していくうちに、必ず変化が出てくる。顔色も表情も、正確すら変わるかもしれない。この本の表紙に「からだも心も、もっとヘルシー&セクシーに!」とあるのは、その意味で正しい。ストレッチングもそうだが、エアロビクスの流行は、いろいろなことがわかるようでわかりにくくなった現代に、まず最も確かな自分とその身体の存在を感覚を通じて確かめ直していく、そういう現象なのかもしれない。だから、これはどんどん進行深化する流行であろう。このSpecial Issue は、その意味でやはり画期的である。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:文藝春秋
(掲載日:1983-03-10)
タグ:エアロビクス
カテゴリ その他
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駅伝流 早稲田はいかに人材を育て最強の組織となったか?
渡辺 康幸
一昨年の2011年に箱根駅伝で栄冠をつかんだ、渡辺康幸・早稲田大学競走部監督の著作。
「箱根で勝つためには、こんなにも気が遠くなりそうなディテールを重ねなければならないのか」というのが読後一番の感想。育成力、指導力に加え、マネジメント力、政治力――。実業団以上のレベルだと細分化されるこれらの分野を、学生スポーツの監督は一手に引き受けなければならない。さらに、各大学とテレビ局が威信と莫大な資金をつぎ込む一大イベントとあって、そのプレッシャーは計り知れない。
また渡辺氏が監督に就任したとき、早大駅伝は低迷期の真っただ中にあった。同大OBで日本長距離界のエースとして活躍した渡辺氏とあっても、現役時代の知識と経験だけでどうにかなるものではない。頼れる参謀や早大におけるスポーツ改革の先駆者である清宮克幸氏(現ラグビートップリーグ・ヤマハ発動機ジュビロ監督)の後押しを得て、時には進退を懸けながら部を改革。就任7年目にして苦しみながら勝利をつかんだ。
本書はそれに至るまでの奮闘記、組織論をメインにしつつ、年間スケジュールや練習の組み方、スカウトの実際などといった「駅伝入門書」としての側面も持っている。お正月のテレビ観戦だけでは見えない駅伝の奥深さを知るには格好の一冊だ。
(青木 美帆)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2013-05-29)
タグ:駅伝
カテゴリ 指導
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マラソンランナー
後藤 正治
マラソンといえば、勝手なイメージではあるが、オリンピックであります。私の記憶が存在するオリンピックはロサンゼルスオリンピックからなのですが、この本の中でも登場する瀬古利彦さんのイメージは非常に強いインパクトが残っています。みなさんのマラソンのイメージはどうでしょうか?
時代は戦前、戦後、経済成長、バブル崩壊、現在と移り変わっています。本書は8章にわたってその時代を浮き彫りにする8名のマラソンランナーを紹介されています。
金栗四三「日本のマラソンの父」
孫基禎「ハングリースポーツとしてのマラソン」
田中茂樹「アトムボーイ」
君原健二「ブレない偉大なマラソンランナー」
瀬古利彦「マラソン界の貴公子」
谷口浩美「コツコツ 記憶力を示すマラソンランナー」
有森裕子「生きている事への手段としてのマラソン」
高橋尚子「走る事が好き、頑張る事としてのマラソン」
本書はマラソン史というわけではありませんが、時代背景とマラソンを照らし合わせてみるととても興味深いところであります。つまり、体力養成、国の権威、戦争、アマチュアイズム、バイオリズム、我慢強さ、目標そして手段、練習などキーワードは様々でありますが、その時々の葛藤や信念や流行をも表しています。
この8名のうち瀬古利彦氏以降は実際に目の当たりにし、それ以前の方は自叙伝などで存じ上げていました。さらに本書と向き合って、私はマラソンについて単なるオリンピック種目という観点から脱することができました。
私はマラソンランナーが、泥臭く感じます。なぜなら、体力としてのタフさもさることながら、メンタルの強さが問われることや、培われる土壌があることをあたかも当たり前のことのようにやってのけるからであります。それがもう一歩のところを頑張れる理由ではないかと本書から感じました。このアスリートたちの泥臭くて地味だけど、ズッシリとした重みのある信念を垣間みてみませんか。
(鳥居 義史)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2014-05-02)
タグ:マラソン
カテゴリ スポーツライティング
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最強部活の作り方 名門26校探訪
日比野 恭三
指導する生徒たちを頂点に導くためにはどうすればいいのか。
私立高校17校、公立高校9校、全26校の部活動がオムニバス形式で紹介されている。メジャースポーツの野球・サッカー・バスケットなどはもちろん、マイナースポーツのフェンシングやカヌー、文化部の書道部・競技かるた部まである。
競技も地域もチームの雰囲気も全く異なる中で、その部を最強たらしめる共通項は何か? 身も蓋もない話であるが、どのチームにも共通していたのは優秀な選手、優秀な指導者、そして恵まれた環境である。大阪桐蔭高校硬式野球部が史上初の2度目の春夏甲子園連覇を成し遂げたことは記憶に新しい。府外出身の選手を多く擁し、寮が完備され、競技に集中できる環境の中で、質の高い練習が行われる。
しかし本書から読み取るべきは、最強に至る「過程」である。部の発足から部員集め、練習法の試行錯誤、チームづくり、周囲の協力・支援、全国の舞台を勝ち抜く勝負強さ・メンタル…。
どの部もはじめから頂点に君臨していたわけではない。日本一は文字通り1つだが、日本一のストーリーはまさに十人十色である。実際に起きたさまざまな困難も包み隠さず書いてある。
それだけではない。本書に登場する指導者たちは全て、最強の「その先」を見据えていた。近年は部活動の過熱化や勝利至上主義に対する批判が高まり、「ブラック部活動」という表現をよく目にするようになった。部活動の存在意義が改めて問われている。その中で指導者たちはスポーツの、部活動のあるべき姿を模索しながら指導にあたっていた。
勝利を目指す方法論を説きながら、部活動指導の哲学書でもある本書は、指導の現場に立つ先生方にぜひ読んでいただきたい一冊である。
(川浪 洋平)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2018-12-19)
タグ:部活動
カテゴリ 指導
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メジャーをかなえた雄星ノート
菊池 雄星
菊池投手(シアトル・マリナーズ)は「千里の道も一歩から」「ローマは一日にしてならず」といったフレーズが似合う選手です。「書く」という作業を14年間も続け、自らを成長させた菊池投手の苦悩・葛藤・反省・目標がこの書籍からわかります。また、高校生時代のノートと埼玉西武ライオンズ時代のノートを比較することで、プロになるまでの成長の段階も垣間見ることができます。
この「ノートに書く」という大切さを指導していたのは、甲子園にも出場した花巻東高校時代の佐々木監督です。佐々木監督は大谷投手(現アナハイム・エンジェルス)と菊池投手の高校時代の恩師です。菊池投手は文中のノートに「佐々木監督のミーティングを受けたい」と述べています。その指導力の素晴らしさについて「言語化を求める」と表現しています。言語化による再現性が指導力のよさであり、お互いにコミュニケーションを取る道具になります。そしてノートを書くことが言語化するために必要な作業です。
大型書店の自己啓発コーナーには今も昔も「目標達成」に関する書籍が数多くあります。その中でも、この書籍は1人の野球選手が14年にもわたり書き続けた記録が残っています。こんなに、地道に何時間もかけて赤裸々に書き記されたノートは最高の教材です。今現在目標を達成するために行動している方に参考にして頂きたいです。
私も一時期は、手帳にスケジュールを書いて、その日に感じたことを書き込んでいた時期があります。しかし、スマートフォンにスケジュールを記載するようになって「書く」という作業がなくなり、反省しています。感情や言葉や気付いたことを紙に記すことは、人類の発展にも関わっています。文字を書くことは、我々が生きていく上でコミュニケーションを図る方法の1つであり、決してなくすことはできません。改めて、思いや言葉を文字にする大切さを教えてくれる書籍です。
(中地 圭太)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2019-11-18)
タグ:ノート 目標達成
カテゴリ 指導
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シドニー!
村上 春樹
「そんなもの、ただのメダルじゃないか。オリンピックなんてちっとも好きじゃないんだ」という帯にあるセンテンスは、必ずしも中身を象徴していない。シドニーオリンピックと並行して過ごした“村上氏の”Sydneyを、自身で懇切丁寧に記したものであるから、サイドストーリーを味わいたい人にはお薦めだろう。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2001-05-10)
タグ:オリンピック
カテゴリ その他
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歴史を活かす力 人生に役立つ80のQ&A
出口 治明
テーマごとに問答形式で歴史を紐解く本書。
常に現代の状況との関連で歴史を見ていくので、教科書的な退屈さはなく、ついひとに話したくなるようなトピックが溢れている。
たとえば、なんで世界中に民族衣装はあるのに、洋服がベーシックになっているのか。これは産業革命がイギリスで発生したことに起因するという。それまでの主だった産業である農耕牧畜が天候の影響を受けやすかったのに比べ、工業生産は安定して生産物を供給できることから、自国にも工業生産を取り入れようと世界中からひとが集まり、洋服を着て帰国したため広まったらしい。
ほかにも、中華料理が世界中に広がっている背景には、アヘン戦争以降のイギリスの世界戦略に中国人の人びとが労働力として利用され、各地に離散したこと。また、石炭などを利用した火力革命によって、中華料理の特徴である、高温で食べ物を揚げたり炒めたりする技術が発明されたことで、どの国のどんな食材でも簡単に調理できるようになったことが理由だという。
意外だったのは、フランス料理の起源はイスラーム帝国にあり、一品一品出てくる様式はロシアの寒冷環境で、料理が冷めないように、という配慮から生まれたこと。フランス料理がフランスで大衆化したのは、フランス革命によって失業した宮廷料理人たちが、町で続々と開業したことで広がっていき、一部は当時相当なフランスかぶれだったロシアに流れ、今のフランス料理の形式になったという。
もっと前に遡れば1492年に新大陸を発見したコロン(編注:クリストファー・コロンブスのスペイン語読み)によって新旧大陸間で、動植物や食材の行き来があったことが、今の食卓の光景に影響を与えている(このときより前にはピザやパスタにトマトは使われていなかった!)。
ちなみに、この「コロン交換」によって新大陸に天然痘や麻疹、コレラなどの病原菌がもたらされ、免疫を持っていなかった大勢の原住民が命を落とす。その結果、農地や鉱山で労働力が必要になったヨーロッパ人は、アフリカ大陸から黒人の人たちを奴隷として連れてくることになる。
学校で歴史を習っているときに退屈だったのは、自分とは全然関係のない話だと思っていたからだと思う。ある程度、馬齢を重ねたことも、ほんの少し歴史に関心を持ったことに貢献しているんじゃないかと考えている。
(塩﨑 由規)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2022-08-27)
タグ:歴史
カテゴリ 人生
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名文どろぼう
竹内 政明
小説、俗謡、俳句や川柳、詩や落語などから、至言、金言、名言を集めた。いや、盗んできた。ここでは、孫引きならぬ孫盗みをする。
「上司から〈働くとはハタ(周囲)をラクにさせることなんだぞ〉と陳腐な言い回しで説教をされたとき、ただうつむくのもいいけれど、それなら『ジダラク』(自堕落)の方が、自他ともに楽になるから、一層よいのではないか。」
田中美知太郎
うまい。だけど、きっと火に油だ。
「『痛い』
すきになる ということは
心を ちぎってあげるのか
だから
こんなに痛いのか」
工藤直子
これだけ短く的確に、恋するひとの心情を表したものはないのではないかと思った。
並はずれた洞察力を持つ猫、かと思いきや、次のは吾輩の言葉。いずれにしても、さすが漱石。
「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。」
夏目漱石『吾輩は猫である』
次のような人生訓もある。
「才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛気があるという奴には叶わない。」
谷沢永一『人間通』
ミもフタもない。が、真実味がある。
「夢は砕けて夢と知り
愛は破れて愛と知り
時は流れて時と知り
友は別れて友と知り」
阿久悠
あたりまえの日常に流されずに、有り難みを感じることのむつかしさをおもう。
「琴になり下駄になるのも桐の運」
江戸川柳
気の利いた言葉には、ユーモアによって現実をいなすようなものが数多い。ある哲学者によれば、ユーモアとは「理性の微笑」のことだという。これもまた、忘れがたい名言だ。
(塩﨑 由規)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2022-10-27)
タグ:人生
カテゴリ その他
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