ゆっくりあきらめずに夢をかなえる方法
桧野 真奈美
雪が降らない国、ジャマイカの代表の奮闘を実話に基づいてコミカルに描いた映画に『クールランニング』がある。この映画のもう1つの主人公とも言えるのがボブスレーという競技だ。そして、ボブスレー日本代表桧野真奈美さんが自らの五輪挑戦を書き下ろしたのが本書『ゆっくりあきらめずに夢をかなえる方法』である。だがこちらは映画のようにコミカルにはいかない。
ケガで五輪が遠のくという悲劇は、アスリートにつきまとう影のようなものであるが、桧野さんの場合はそれだけでなく最初の五輪のチャンスを堂々と既定の条件を満たし、出場権を獲得したにもかかわらず、JOCの全体の派遣人数制限のため出場を許されなかった。ボブスレーという競技にはお金がかかる。氷上のF1ともいわれるハイテクマシーンであり、その輸送費を含む遠征費はとても個人で賄えるものではなく、スポンサーに頼らざるを得ない。しかし、オリンピックに出場できなかった桧野さんのスポンサー探しは困難を極める。たとえ五輪に出場を逃したのが桧野さんの能力・成績によるものではなかったとしてもだ。
その後めでたくスポンサーの問題、ケガを乗り越えて見事念願の五輪出場を果たした桧野さんは、ボブスレーを「させていただいている」と述べている。“日本一”になっただけではオリンピックに出場できない。競技そのものだけではなく、世界を転戦して五輪出場権を獲得するためには莫大な費用がかかる。ほとんどの場合、個人の運動能力だけでは賄えない。とくに五輪などの大会の派遣費は国民の税金によるものだ。「させていただいている」という感性も選手を強くするための必要条件となっているのかもしれない。
2010年バンクーバー五輪では、韓国が出場枠を使い切らずに少数精鋭で臨み、旋風を起こしたことを受けて日本でも議論が起きている。スポーツが国策になりつつある現在、その進路を議論するためにも読んでおきたい一冊である。
(渡邉 秀幹)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2012-02-15)
タグ:ボブスレー 五輪
カテゴリ 人生
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スタバではグランデを買え!
吉本 佳生
本書は経済学者である吉本氏が、生活の裏側から社会のしくみを紐解いている。
とくに私が注目したのは医療費の問題。現在は少子化を受けて、地方自治体で子どもに対する診療費や治療費を無料化にしようとする動きがある。
しかし、医療費が無料となれば小さなことでも診療を受けようと普通の人は考えるはず。また診察を受ければ薬も無料、つまり病院に行けば診察を受けたうえに市販されている薬を買わなくて済むわけだ。こうして単純に症状の小さな患者が増えると、診察時間までの時間が長くなるだけでなく、診察を受けるにあたって長期間を要する場合もある。それに加え日本の医師不足の現状は深刻化をたどっている。病院側も小さな症状を訴える患者が増えるため、あまり収入につながらないというサイクルができてくる。しかもその税金は今の子どもたちに後回しされるだろう。つまり著者が重要視する生活における取引コストは、あまりよくないということだ。
意外とわからないことが多い生活における取引コスト。本書は他にもさまざまな観点で経済を捉えている。私も買い物をする際に、サービスや商品はなぜこの値段なのかと考えるようになった。
2007年9月13日刊
(三橋 智広)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2012-10-12)
タグ:経済
カテゴリ その他
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もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
岩崎 夏海
“This is a pen.”
教科書には載っているが、なかなか実生活の中では使うことのない文である。しかし、この文から英語の構造を学び、多くの実用的な文となってわれわれを助けてくれる。教科書とはそういうものかもしれない。そのためそのまま応用して活用できる者もいるが、参考書でワンクッション入れることで応用問題に活用できる者もいる。
この作品はタイトルの通り、高校野球の女子マネージャー初心者の主人公がとりあえずマネジメントとは何かを学ぼうと本屋で出会ったドラッカーの『マネジメント』を読みながらストーリーが展開していく。当初は、“マネジメント”違いに戸惑いながら半ば根性で読み続けるが、次第に高校野球のマネジメントと経済学のマネジメントとの共通項を見つけて応用していく物語である。
ドラッカーの『マネジメント』という教科書を応用(しかも高校野球に)できる者はなかなかいない。役立て方がわからずに退屈して授業を受けている経済学部の大学生もいるだろう。しかし読書百篇、読み込んで云わんとするところを熟慮すれば、経済学と高校野球という遠く思われた集合体に「組織の発展」という共通項が見えてくる。共通項が見出せて、ドラッカーの『マネジメント』のような不朽の教科書があれば、その応用方法は変幻自在だということを例文のみで紹介した参考書と言える。
やや奇抜な表紙や挿絵は、経済学ともスポーツとも異なる層を誘引するための愛嬌であろう。
(渡邉 秀幹)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2012-10-13)
タグ:マネジメント
カテゴリ 指導
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ゆっくりあきらめずに夢をかなえる方法
桧野 真奈美
短大の卒業を前に、区切りとなるような「これをやった」というものがほしかったーーふとしたきっかけで新人発掘テストを受けてみた。これがすべてのスタート地点となり、日本代表として世界で戦うことになる。この本には、そこに至る過程と、悔しさや楽しさがつまっている。
そもそも陸上競技で膝を痛めていたため、手術を受け、リハビリテーションという辛い日々から始まり、スポンサー獲得の苦労、コーチングを受ける大変さが描かれている。そして上達していくというスポーツが本質的に持つ楽しさに触れ、真剣に競技に打ち込むようになるという成長の様子もうかがえる。夢をかなえるために必要な明るさや工夫、タフさ、あきらめの悪さは普通ではない。ボブスレーに限らず、さまざまな分野でこの姿勢を見習うことができる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:ボブスレー リハビリテーション
カテゴリ 人生
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採用基準
伊賀 泰代
本書は、著者自身がマッキンゼーの採用マネジャーを12年務めた経験から、若い世代の日本人がこれから何を目指し、どんな資質やスキルを身につけるべきなのかについて書かれたものである。その答えは、まさに「リーダーシップ力」。
海外諸国に比べ、日本人に不足している「リーダーシップ力」。学校教育や従来の日本企業における人材教育のあり方がリーダーシップに対する誤解を生んでいることを指摘。そもそも、リーダーシップに関する重要性や必要性自体が日本では認識されていないのが問題だとも指摘している。リーダーとは何をなすべき人なのか。リーダーシップの学び方とは。これから、日本人がリーダーシップを発揮し、広く活躍していくためにはどうしたらいいのか、さまざまなヒントが書かれている。
今、日本人に必要なのは専門知識でも技術力でもなく、リーダーシップを発揮できる人。「社会を変えたいのなら、まずは自分の生き方を変えないと始まらない」まさにそう思わせてくれる一冊である。
(浦中 宏典)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2014-07-30)
タグ:マネジメント
カテゴリ 指導
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走りながら考える 人生のハードルを越える64の方法
為末 大
本書は侍ハードラーという異名を持つ為末大氏が25年の競技人生の中で考え、悩み、実践してきたことが赤裸々に書かれている。
陸上の世界選手権のトラック競技(400mハードル)で、2度のメダルに輝いた同氏だが、競技人生の中では数々の挫折も経験している。彼の「挫折」の捉え方は非常に面白く、「挫折があるからこそ感じる本当の喜びと優しさもある」と本書で語っている。人生は思い通りにいかないことがほとんどであり、努力は報われないことが多い。頑張った人が成功するわけでもなく、それでも人は懸命に生きるしかない、と。エリート・アスリートである著者が放つ、これらの言葉は、私たちに元気を与えてくれる。
考えすぎて動けない人が多い中で、「走りながら考える」というタイトルは、陸上競技選手、為末大をうまく言い表しているなと思う。その一方で、競技をしながらも陸上競技の先に何をしたいのかを常に考えていた著者には、1歩先、2歩先を「考える力」があったのであろう。
今まさに競技人生の中で戦っている人はもちろん、ビジネスパーソンにも一読の価値がある。
(浦中 宏典)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2014-03-12)
タグ:陸上競技 人生
カテゴリ 人生
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ともに戦える「仲間」の作り方
南 壮一郎
本書は、著者自身が楽天ゴールデンイーグルスの創業メンバー当時から、求職者課金型の転職サイトを運営するビズリーチを立ち上げ、その中で起こった仲間との数々の出来事をストーリー形式でまとめたものである。ベンチャー企業の崩壊と再生のストーリーから、仲間を巻き込むための秘訣が随所に散りばめられている。グローバル企業が誕生するまでのストーリーが赤裸々に描かれており、起業家やこれから新規事業の立ち上げを検討している人の指南書としても一読の価値がある。
それまでに存在していなかった新しいサービス・商品を売り出すことの難しさ、世間の壁、そしてこの著書の主軸テーマである仲間の作り方などが書かれている。事業を行う上で、「仲間」がどれほど大切な存在なのか、ということが実体験をもとにして書かれているので、説得力が大きい。
ある意味、私達のような「職人」業界では、何でもかんでも自分1人でやろうとする傾向が強い。この業界をより良いものにしていくためには、またマーケット自体の拡大を促進していくためには、業界外の人材を含めて仲間を作り、巻き込んでいく必要があるのではないかと感じざるを得ない。そしてビジョンをもう一回りも二回りも、広げていく必要もありそうだ。
(浦中 宏典)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2014-07-17)
タグ:マネジメント
カテゴリ 人生
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高齢者が働くということ 従業員の2人に1人が74歳以上の成長企業が教える可能性
ケイトリン・リンチ 平野 誠一
齢をとりたくて仕方がない
マスターズ陸上などというベテラン選手の大会に出るような人たちは“齢をとる”ということに関して、世間とは少しばかりズレた価値観の中で暮らしている。“長老”が偉いのは当然のこととして、とにかく皆“早く齢をとりたくて仕方がない”のだ。
マスターズのカテゴリーは5歳きざみでクラス分けがされていて、ひとつのカテゴリーの中でレースタイムが同じだった場合、1日でも年上のほうが勝ちとなる。“齢をとるほど体力が低下”しているはずだからだ。そういった意味では、たとえば80歳クラス(80~84歳)では80歳より84歳が有利となる。
しかしまた、ひとつ上がって85歳クラス(85~89歳)になると、今度はそのクラス“最年少”選手として若手のホープに返り咲くことになるのである。
だから88歳の誕生日を迎えられた大先輩に米寿のことほぎを申し上げに行ったとき、“そんなことはどうでもいい”と、遠い目をして宣ったとしても動揺してはいけない。“ああ、早く90(歳)になりてえなあ”とのお言葉が後に続くからだ。マスターズとは、まさに“40、50ハナタレ小僧。60、70働き盛り。男盛りは80、90(歳)”を地で行く世界なのである。
家族経営の工場が舞台
さて、今回は『高齢者が働くということ』。「ヴァイタニードル社」という、アメリカ東部にあって、特殊な注射針などを製造する従業員約40名の家族経営の工場を舞台としたものである。ごく普通の(むしろ小規模な?)製造業ではあるが、ただひとつ違っている点は、従業員の半分を74歳以上の高齢者が占めているところにある。
著者のケイトリン・リンチは気鋭の文化人類学者だ。文化人類学の研究手法に「フィールドワーク(現地調査)」というのがあって、ある文化を共有する集団に対し“外部者”としての目から観察したりインタビューしたりするのだそうだが、もう一歩踏み込んで“内部者”として時間を共にすることで文化の特性を分析しようとする「参与観察」という方法があるそうだ。著者は、約5年の取材期間のうち3年近くを「従業員」として勤め、ヴァイタニードル社の内部にいながら外部者としての観察眼を発揮するという綿密な取材を敢行して本書をものしている。
ケイトリン(この工場では従業員同士を含め社長に対しても互いにファーストネームで呼び合う。従業員の中には先代の社長時代からの者もおり、現社長が少年の頃から知っている)には、「インタビューでたびたび使用してきた質問」に「あなたはお年寄りですか?」というのがあって、従業員は誰もが戸惑いを隠せないようだった。「老い」というのは「文化的に構築された」ものであって、彼らの反応は「年相応の振る舞いに対する文化全体の期待に応えよという社会の圧力があることを指摘する」ものであるという。
働く理由
従業員たちは「人柄や経歴、働く理由も千差万別である」が「働くことに対して、給料だけでなく、帰属感や友達づきあい、さらには生産的なことをしている実感ややりがい、誰かの役に立っているといった経験を求めている」のである。
最高齢が99歳(2011年現在。ほかにも10代からあらゆる世代)の従業員を抱えるこの工場は、「ヴァイタ」すなわち「ラテン語で『人生』という意味」が示すように「まさに人生が(それも意味のある人生が)つくり出されている」「成長企業」であり、世界が注目する「エルダリーソーシング(高齢者に仕事を任せること)」モデルとなっているようだ。
かつてスポーツ界では25歳を越えると“ベテラン”と呼ばれる時代もあった。ましてや30歳を越えて活躍する女性アスリートというのは皆無に近かった。今では35歳を越えてもなお世界の一線で活躍するアスリートも少なくない。
しかし人生80年の時代を迎え、競技の絶頂期を過ぎてからの人生はあまりに長く、引退後のセカンドキャリア問題は多くのアスリートにとって重くのしかかる。競技力を問わず(それによってメシを食っているいないにかかわらず)人生の大きな位置を占めていたものと距離を置くことになるからだ。なんとしてでも、別の人生を死ぬまで歩み続けなければならない。
こうなったら“90になって迎えが来たら、100まで待てと追い返せ。100になって迎えが来たら、耳が遠くて聞こえません”を目指そうじゃないか! と、潔くないかもしれないが50代のハナタレとしては訴えたいのである。
(板井 美浩)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2014-10-10)
タグ:人生 働く 組織
カテゴリ 人生
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エグゼクティブを見せられる体にするトレーナーは密室で何を教えているのか
角谷 リョウ
パーソナルトレーナーとして働く者はトレーニングの知識と技術を持っているはずだ。しかし、結果を出せるパーソナルトレーナーになるにはそれだけでは足りない。どんなに素晴らしいトレーニングメニューを作成しても、それを実行できなければ意味がない。そこで私はモチベーションとタイムマネジメントが重要だと感じている。やる気を起こさないとトレーニングをさぼってしまうし、時間がなければトレーニングができない。いかにクライアントに目標に向かった行動をとってもらうのか、その提案がうまい者が最終的に結果の出せるパーソナルトレーナーになれると考えている。そういったアイデアが豊富に盛り込まれたのが本書であり、トレーニングを始める方への心構えを伝えている。
現状の自分の身体計測や満足度を数値化して、経過をみて、変化を感じモチベーションを維持してもらうという方法や、時間がないなら10分のトレーニングを推奨している上に、とりあえず10秒だけという作戦も面白かった。
このように、いかにトレーニングを生活に取り入れるのか、食生活をどう変えていくのかが記されており、トレーニングの仕方や食事の内容については細かくは書かれていない。
実際、パーソナルトレーナーとして活躍する筆者がクライアントに提案してきた内容を教えてくれる本書はトレーナーが読むとしたらモチベーションテクニックを学ぶ最初の一冊としてお勧めできる。ただ、ところどころに科学的根拠があるのか疑問に思う点もあるので、そこはまた別の書籍で穴埋めし、本書の受け売りになり過ぎないように注意したい。
(橋本 紘希)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2016-05-20)
タグ:パーソナルトレーニング
カテゴリ 指導
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エグゼクティブを見せられる体にするトレーナーは密室で何を教えているのか
角谷 リョウ
長いタイトルに本書のキーワードが詰まっている。「エグゼクティブ」は経営者や医師などのことで、日頃不規則・不摂生になりがちな人たちだ。見方を変えれば、成果を出すための仕組みを理解し遂行する力を持っている人たちとも言える。
ではその成果をどんな指標で表すか。「見せられる体」である。体型は運動の専門家でなくても一目見てわかりやすい。
全4章のうち1章を使って紹介されるトレーニング方法はどれもごく基本的なものだ。それを言われてやるのではなく、習慣にさせて「密室」の外へ送り出す。つまり、「トレーナー」は正しい知識を、各クライアントの生活・思考様式に馴染む形で提供する存在だと気づかされる。他職からトレーナーに転じ、一度は“言ってやらせる指導”で失敗を経験した著者ならではの発想だ。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2015-08-10)
タグ:トレーニング
カテゴリ 指導
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采配
落合 博満
常勝の秘訣
本書が刊行されるのとほぼ同時に、著者は監督ではなく元監督という立場になっている。退任の記者会見でも「普通のおじさんになった」とキャンディーズのようなことを言っていたように思う。ただ、本稿では敬意をこめて、あえて「監督」という呼び方をしたいと思う。
落合監督といえば、あまりよい印象を持たない方も大勢いると思う。少なくとも1人、身近にそういう人を知っている。私の妻である。彼女曰く、とにかく何だかエラソーで好きになれないのだそうだ。ぶっきらぼうなもの言いと「オレ流」のイメージが定着してしまっているのだろう。
しかし、すごいリーダーであることは間違いない。監督をしていた8年間で、中日ドラゴンズは4度のセ・リーグ優勝を果たしている。また、2007年には53年ぶりの日本一に輝いているのだが、その年から導入されたクライマックスシリーズ制によりリーグ2位から日本一になったということで、物議を醸したこともまだ皆さんの記憶に新しいと思う。そしてリーグ優勝が出来なかった年でも、2位が3度、3位が1度という、まさに常勝軍団になった。
その秘訣はビジネスにも通ずるのではないかというわけで、本書はビジネスマン向けの書物といった体裁になっている。しかし、書かれている内容は当然、プロ野球のことばかりであるので、スポーツの現場で日々奮闘している指導者・スタッフ・選手の方々にも違和感なく読める。
地道な努力
本書を読めば、誰もがどこかに共感を覚えるはずである。それがどの部分かは読者の置かれている状況によるのだろうが、「そうだよなぁ」とうなずく部分は必ずあるはずだ。なぜなら、当たり前のことばかりが書かれているからである。中日ドラゴンズは、当たり前のことを当たり前にできるように、地道にコツコツ努力して常勝軍団になったのだということがよくわかる。しかし、当たり前だと思っていることほど、実はよくわかっていないものだ。その例として、本書の中で私がおや? と感じたことを紹介したい。落合監督の勝負に対する姿勢だ。
監督は「最大のファンサービスはあくまでも試合に勝つこと」であり、「理想は全試合勝てるチーム」であると言いきる。しかし一方で、ペナントレースを制するために「50敗する間にどれだけ勝てるか」を追い求め、選手たちには「勝てないときは負けない努力をしろ」と説く。だが、勝ち目がないと見ればその試合はあっさりと捨ててしまうのか、といえばそうでもない。例えば、アメリカ流の「大差で勝っているチームが勝敗に関係のない場面でバントをしてはいけない」という、最近日本にも定着しつつある暗黙のルールについて噛みついている。大量リードでも逆転されることはいくらでもあるのに、どうして勝敗に関係ないと言えるのか、最後まで全力で戦うべきではないのか、というのだ。
これら1つひとつは至極当たり前だ。しかし、こうして並べてみると、何だか矛盾しているようにも感じる。どういうことかと何度も読み返していると、ある結論に行きあたった。
大切なのは「理想はパーフェクトなものを描き、それに1歩でも近づいていけるよう、現実的な考えで戦っていく」ことであり、「常に考えておくべきは、負けるにしてもどこにチャンスを残して負けるか」なのである。
これもまた当たり前のことかもしれない。しかし、ブレずにこういうことをきちんと地道に実践できるかどうかが、成功への分かれ道なのだろうなと思う。
本当の「オレ流」
本書は『采配』というタイトルでありながら、選手起用などについての詳細にはあまり触れられていない。そういうことを知りたいのにと思うのだが、きっと監督なら「企業秘密」とか「自分で考えろ」で終わりだろう。
しかし、ぶっきらぼうでもエラソーでもない。監督は選手やスタッフだけでなく、審判やその他関係者にも敬意を持って接する。また、仕事の成功と人生の幸せとは全く別物と考えている。マスコミがつくり上げた「オレ流」のステレオタイプとは正反対である。
視線はクール、態度はドライ。それでいて、心は熱く人柄はどこまでも温かい。これこそが落合采配の秘訣なのだろう。
(尾原 陽介)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2012-02-10)
タグ:野球 監督
カテゴリ 指導
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レジリエンス 復活力 あらゆるシステムの破綻と回復を分けるものは何か
アンドリュー・ゾッリ アン・マリー・ヒーリー 須川 綾子
「レジリエンス」という言葉はあまり聞き馴染みがないかもしれない。直訳すると「回復力」「反発力」。辞書的には「外部から力を加えられた物質が元に戻る力」「人が困難から立ち直る力」を意味するとされている。外から力を加えられてへこんだボールが反発で元に戻る様子を想像してもらえるとわかりやすいかもしれない。
本書では、はじめにレジリエンスとは何かについて例を挙げて説明し、本書内におけるレジリエンスの定義づけを行ったのち、レジリエンスの法則や原則、事態に対するアプローチの方法やもたらす効果について述べ、レジリエンスにおけるこれらの概念を多くの事例から考察し、特性について問い直して理解することを目的としている。
実際に読んでいただかなければ、この本の本質は伝わらないと思う。非常に密度の濃い一冊となっており、一度で読み切ってすべてを理解することはまず不可能だろう。多くの時間をかけるだけの価値はある一冊だと思うので、章ごとや事例ごとに読み終えたら内容を自分なりにまとめて理解することを繰り返し、時間をかけてじっくり読み進めることをおすすめする。世界では困難や望ましくない状況がいくらでも発生し、時には予想だにしなかった困難がふりかかってくることもある。レジリエンスについて理解し必要な知識を積み重ねることができれば、所属する組織や集団、または自分自身が困難に立ち向かう際に役立つことだろう。
(濱野 光太)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2019-08-23)
タグ:レジリエンス
カテゴリ その他
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自由。 世界一過酷な競争の果てにたどり着いた哲学
末續 慎吾
「自由」に必要なもの
「自由」というのは単に気ままという意味ではない。そのように使っても間違いではないし、そう使われることの方が多いように感じるが、なんだか薄っぺらい。そこに自律性や自発性を持つ主体があり、責任の所在も確かに棲まわせている必要があるはずだ。それでこその「自由」だ。そもそもそれは与えられるものではなく、人類の歴史の中で有志の人々の命がけの闘いにより勝ち取ってきたものだ。
一方で、精神の「自由」に限ればどの時代でもどんな環境でも持ち得たはずだ。他者、己を取り巻く環境や常識などからのみならず、自身の欲や邪からの「自由」。こちらもなかなか難しそうだ。相反する言葉のように感じるが、「自由」でいるには相応の「覚悟」が必要なのかと感じる。さて、世界の頂点を見た人たちは果たして「自由」なのだろうか。輝かしいサクセスストーリーは「自由」につながるのだろうか。
「自由」と銘打たれた本書は、陸上界世界最高峰の舞台で闘った末續慎吾氏によるものだ。40代になった今も現役陸上選手なので、末續慎吾選手と呼ばせてもらったほうがいいのかもしれない。2003年にパリで行われた世界選手権200mで短距離走日本人初となるメダル獲得。2008年の北京オリンピックでは4 ×100mリレーで銅メダルを獲得している。そのとき金メダルを獲ったジャマイカチームにドーピング陽性者が出たため、これは後に銀メダルに繰り上げになった。いずれにせよ、押しも押されもせぬ日本陸上界の英雄である。当時のテレビ画面を通じて観たその人懐こそうな笑顔、筋肉で埋まった土踏まず、そして足を低く運ぶ独特の走り方が脳裏に焼き付いている。
しかしその栄光の後、彼は突然消えた。本書で自ら表現しているが、本当に消えてしまった印象だった。そのうち燃え尽き症候群とかオーバートレーニング症候群などの言葉がどこからともなく聞こえてきた。ただごとではなかったのだろうと、ひとりのファンまたひとりのトレーナーとして胸が痛んだ。
だからこそ、2017年の日本選手権で走る姿を目にして素直に感動した。スタート前、サニブラウン・ハキーム選手の隣で観客に手を合わせている姿、後半失速してしまったが懸命な走り、レース後に笑顔で「若い奴ら速ぇ!」といったコメントを発した姿。ただ、よかったなぁと勝手に安心したことを覚えている。ちなみに本原稿執筆の2020 年11月現在で200m 走の日本記録は末續選手の20 秒03 で、サニブラウン選手でもいまだに突破できていない。
今たどり着いた境地
本書では、栄光を掴むまでの激闘後に生死の境目に足を踏み入れるまでボロボロになったところから、あの頃よりずっと「自由」な心で走り続ける現在に至るまでに、末續選手がたどり着いた心の持ちようが記されている。サブタイトルは「世界一過酷な競争の果てに宿りついた哲学」。産経新聞に掲載されているエッセイ「末續慎吾の哲学」も拝読しているが、どちらも過酷な経験を通じて得た独自の視点で描かれていて読み応えがある。
だが、物事を繊細に捉え深淵に思考する力があるということは、ともすれば心への負担も大きいのだろうと感じる。まるで周りの人の心の声が聞こえてくるほどに、物事を鋭敏に感じ取れてしまうことがあるのだろうと穿ってしまう。自分の心の声にもいつも真摯に向き合い、あるべき姿を突き詰めないではいられないように思う。これは心が相当タフでないと耐えきれない。巷で流行の漫画の世界で描かれている、常に全力で集中しているという「全集中常中」の状態など、本当ならゾッとする。年齢を重ねると共に嫌でもタフ、というより適度にいい加減にならないと保たなくなるのだろうが。本書でも後半には「だいたいで」とか、「ラクに」とか、「流されよう」などの緩い言葉が登場するが、本人にとってその言葉通りに生きるのはそう簡単ではないのだろうとも感じる。
どこに「自由」を見出すか
そもそもルールに縛られるスポーツ競技で、常に周りを満足させるパフォーマンスを要求され、毎日の居場所をも常に登録し、ドーピングコントロールを遵守し、国の威信を背負って闘う世界レベルのトップアスリート達が、「自由」な精神を持ち続けることは生半可なことではない。自らに厳しい鎖を課すアスリートならなおさらだ。だからこそ彼らは特別な存在なのだ。
確かに勝利や敗北からも、名声や羞恥からも、ルールからも、キャリアからも、「自由」という言葉の定義からすらも完全に「自由」に、自分の追い求めたいものを全力で好きなように追い求めることができたなら本当に楽しいように感じる。それでも、様々な縛りの中で苦しみ抜いてでも己を高め、それを周知に圧倒的に認めさせることにこそ「自由」があると考える人もいるのだ。
いずれにせよ人間社会に生きている限り完全な「自由」もなければ完全な「不自由」もない。様々な関係の網の中で自分のバランスが取れる立ち位置を見つけ、ありたい自分、あるべき自分でいられることが結局「自由」なのかと考える。そしてどうせなら薄っぺらい側の「自由」ではなく、ぶっとい芯の通った「自由」寄りで生きていけたほうがいいなと思う。
(山根 太治)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2021-01-10)
タグ:陸上競技
カテゴリ 人生
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