魂の箱
平山 譲
「やはりこんども、諦めない者たちが書きたかった」筆者平山譲は、「あとがき」にこう記している。
魂の箱(soul box)
1991年6月14日、主人公畑中清司は名古屋市総合体育館特設リング上に立っていた。WBC世界ジュニアフェザー級の王者として、彼は挑戦者ダニエル・サラゴサの顔面を、幾度も右ストレートで強打していた。試合は一方的なチャンピオンペース。しかし、第5ラウンドに奇跡が起こる。それも、挑戦者に……。
「あたるとは思わなかった」パンチが致命的となり試合の形勢は逆転する。そして、敗戦。彼にとって世界王者として闘った最初の試合が、皮肉にも生涯最後の試合となった。その翌年、彼は引退のテンカウントゴングを受けることになる。
畑中は、荒れた。飲み、酔い、潰れた。リング上で闘う術を失った彼は、今度は虚無感、絶望感と闘わなくてはならなかった。しかし、彼は、その闘いにも敗れてしまう。
それから
引退から2年が経っていた。食べていくためのカネさえ窮していた畑中は、ある人を訪ねるために横浜の地に足を踏み入れる。その人の名は、元世界フライ級王者花形進。畑中は、世界挑戦5度目でチャンピオンベルトを手に入れた苦労人花形の中に引退後のあらたな目標を見出せればと、彼の経営するボクシングジムを訪れたのだった。
「引退後、なにされました?」畑中は花形に開口一番そう訊いた。
「俺、引退してから焼いてたよ、焼き鳥」
「なあ畑中、世界チャンピオンになったからって店をもたせてくれるほど、世間はあまくねえよ、世界チャンピオンもな、第二の人生はまた、四回戦ボーイからだよ」
その日以来、畑中は働き始める。しかし、それは単なる改心ではなく、新たな人生の目標を見出したからに他ならない。
「俺は闘うことでしか生きられん」
「だって、俺は、ボクシング屋やから」
「SOUL BOX HATANAKA BOXING GYM」はこうして生まれる。
教育者(トレーナー)
その「魂の箱」の門を二人の青年が叩く。一人は、まったく自分自身の存在価値を見出せず、ただただ現在を彷徨する高校生。もう一人は、無軌道な青春を過ごした結果、取り返しのつかない過ちによって、無二の親友を失った不良少年。その二人に対して畑中が注ぎ込む熱情と彼らが迷ったときに畑中が見せる笑顔がいい。
「本書は、ある路地裏の小さな箱(ジム)から、自己の存在証明にのぞむ者たちの心のありさまを探求した記録である」と筆者は結ぶ。
久しぶりに、魂の熱くなるのを感じさせる作品に出会った。近頃感動する心を失いかけている諸君、自らの魂に衰えを感じ、日常生活に倦んでいる諸君、読むべし!
四六判ハードカバー 272頁 1,700円+税
(久米 秀作)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2002-06-10)
タグ:ノンフィクション ボクシング
カテゴリ 人生
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スポーツから気づく大切なこと。
中山 和義
どんな人でも言われたことがある「スポーツをしているといいことがあるよ」という言葉。今までスポーツをしていて自分の感覚としていいということはわかってはいるけど、うまく答えられないというのは多くの人が抱える悩みである。読み進めていくうえでポイントとなるのは、気づきと自信である。
本書は、「スポーツバカは本当か?」や「自信がつく」など、わかりやすいタイトルに対して答える形で構成され、野球のイチロー選手やスケートの清水選手が、どのように努力したかを例にとり、丁寧な言葉で解説している。
著者はメンタルトレーニングに関する講習を受講し、テニスに関わるさまざまなことを行っている。「すべてのテニスプレイヤーを全力で応援します」をモットーに活動をされているそうで、文中からもその熱意が伝わってくる。用具に関することから、練習場所、マッチプログラムの作成にいたるまで、ありとあらゆることを実行しているところがすばらしい。これらはすべて、気づきから行動が生まれていると思う。
もう1つ重要になるのは自信である。スポーツは生きていくうえでの自信を与えてくれる。なぜ自信につながるかと言えば、スポーツ=運動+ゲームという要素で構成されるからである。ゲームには必ず勝ち負けがあり、人間は誰でも勝ちたいと思う。負ければ悔しいし、負けないためには気づきのセンサーを活性化させなければならない。気づきを実行に移してみることで、勝てる可能性が高まる。勝ちという結果が得られたときには、自分の中に自信という結果が残る。
自信をテニスという媒体を通じた活動によってさまざまな人に還元し、共感を生み、進化させていく。そんな当たり前でなかなかできないことをしっかりと実現されているのがすばらしい。 先行きが不透明な現代において、発揮するポイントが適切でない自信を持つ人々が多い中で、挑戦する自信や恥をかく自信などは、遠い過去のものになってきているような気がするが、そんな自信の大切さを再確認し、気づくことができる本であると思う。
(金子 大)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2012-10-13)
タグ:メンタルトレーニング スポーツの捉え方
カテゴリ メンタル
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目からウロコのマラソン完走新常識 だから、楽に走れない!
飯田 潔 牧野 仁
マラソン指導者である牧野氏と、シューズやインソールに関する専門家である飯田氏の共著。一般のランナーがマラソンの練習を健康的に続けるためのアドバイスを、それぞれの経験に基づいてコンパクトにわかりやすく解説している。
走り方については、走り方の基本となる腕の振り方や呼吸法、チョキで走るなどの方法が紹介されている。さらに実際のレースで役立つ「裏ワザ」として、レース参加に関する年間の組み立てから、当日の移動、トイレに関してまで細かくまとめられている。
なお、シューズは買うのは夜がよい、とこれまで言われてきたが、実際には違うそうだ。本当の自分の足に合うサイズのシューズをどのように選ぶか、納得のいく説明がしてある。ほかにも足の指が黒くなってしまう理由など、身近な疑問に答えてくれている。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2010-01-10)
タグ:マラソン
カテゴリ 運動実践
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DVDでよくわかる テニスダブルスの必勝術
佐藤 政大 黒田 貴臣
語り合って寝不足に
新入生たちはそろそろ学校に慣れたような気がしてくる時期である。毎朝、皆一様に大学生らしい(眠たそうな)顔をして通学している。
私の勤める自治医科大学は、全国でも珍しい全寮制の医学部である。“医療の谷間に灯をともす(校歌より)”気概を持った若者が全国47都道府県から2~3名ずつ選抜され、いずれは僻地や離島を含めた各地の地域医療を担っていく医者として巣立っていくのである。
寮は個室だが、およそ10人で1つのラウンジを囲んだ部屋配置で生活しており、1年生のみ同じ学年だけでラウンジ単位を構成することになっている。全国各地から来ていることに加え、今年はとくに多浪の末に合格した者やすでに大学を卒業してきた者、さらには社会の空気を吸ってから入学してきた者までいて、ホヤホヤの18歳から30歳までの新入生が絶妙のグラデーションを成して入学してきた。
さまざまな背景を持った学生たちが10人集まって生活単位を構成しているのだから面白くないわけがない。毎夜遅くまで語り合い、コミュニケーションを図っては寝不足になっているのである。
いずれは収まるのだが、このような言葉による濃密なコミュニケーションは出会って間もない者同士にとって重要である。話す内容はもちろんだが、表情や声の質あるいは大きさや話すテンポなど、あらゆる類の情報を感受しあい、互いの理解に努めようとしているのである。
少ない文章で伝授
今回紹介する書籍は、言葉によるコミュニケーションの対極にあるような方法で情報を発信しようと試みられたものだ。監修者の佐藤政大と黒田貴臣は、日本テニス協会のベテランオフィシャルポイントランキング(ベテランJOP)シングルスおよびダブルス両部門で1位にランキングされていたこともある「草トーナメント」テニス界の雄である。この2人が編み出したダブルス必勝に関するさまざまなノウハウやテニスプレーヤーとしてのメッセージを、極限まで文章を少なくした形で伝授しようとしているのである。
本文の中では各種攻撃パターンの展開方法が、分解写真を用いて淡々と進められていく。付属DVDの動画ではさらに言葉が少なくなり、ところどころプレーの要点をさらうためのテロップが出現するだけ。声による説明などいっさい入らないのである。
しかし、いくら文章が少ないとはいえ、細心の注意を払いながら確信に満ちた解説が1つ1つのプレーになされていることが、じっくり読んでみるとわかる。それは歴戦の中で培われ、体験に裏付けられて練られたのであろう戦術が、肌で感じたそのままの言葉でもって表現されているからに違いない。また、動画からは“能書きを並べている暇はない。オレたちの背中(プレー)を見てくれ!”と言わんばかり、全身からさらに多くのメッセージが伝わってくるような気がするのである。
どう読み解くか
さて、ではどのように本書を読み解いていったらよいのだろう。内容を丸覚えするのではあまり意味がないように思える。 「単純な決めの動きではなく、動き出す直前の気配や視線といったところに注目してください。そこにダブルスの本当の醍醐味があります」と佐藤の言うように、個々のプレーそのものよりも全体のつながりや「気配」を彼らの背中から読み取ることを心がける必要が読み手にはあるのではないか。
言葉によるコミュニケーションが重要なことは無論のこと、感覚を研ぎ澄まし、言葉や文字の向こう側にある何かを読み取ることが重要であることが本書の語ろうとするところである。彼らがどんな気配をキャッチし、どう処理して動いているのか、どうやって息を合わせているのか、五感を駆使してつかみ取っていこうとするのが本書の読み方として正しいように思われる。
ともあれ、好きこそものの上手なれとは良く言ったもので、“テニスが好きでたまらない”という雄たけびが、最も強いメッセージとして2人の背中から伝わってくるのである。
(板井 美浩)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2010-06-10)
タグ:テニス
カテゴリ 運動実践
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DVDでよくわかる テニスダブルスの必勝術
佐藤 政大 黒田 貴臣
練習とは基本的に試合で勝つために行うものである。本書は草テニスの試合に勝つために必要な手順の教科書である。
冒頭からサービスゲームをいかにキープするかという実践解説から始まる。サービスのコースをイン・ボディー・ワイドに分け、左右それぞれの局面でのパターンを丁寧に解説している。サービスブレークの局面においても同様に解説。
サービスから数本のラリーを制し、勝つための手順を説いているので中級者以上にはすぐに役立つと思われる。DVDも付属されているので、実際の動きをイメージしやすい。
しかし、ここではあえて初心者や初級者にも大いに薦めたい。本書で紹介している内容を実践出来れば、勝つためのテニスをより楽しめるようになるだろう。そして、作中で紹介されている内容を実践するためには、安定した動きやコントロールなどの基本が必要であることを痛感できると思う。基本のための基本、練習のための練習の先の目的が見え、普段の練習へのモチベーションが変わってくるだろう。
(渡邉 秀幹)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2012-10-13)
タグ:テニス
カテゴリ 運動実践
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お相撲さんの“腰割り”トレーニングに隠されたすごい秘密
元・一ノ矢
腰割りとは、相撲の基本動作の1つで、ハーフスクワットのように腰を落としていく動きのこと。いわゆる「股割」とは異なる。ポイントは、つま先と膝の向きが同じで、上体を真っ直ぐにしたまま下ろしていくことである。これにより股関節のスムーズな動きができるようになるそうだ。日常生活の中で気軽にできるエクササイズである。安田登、有吉与志恵、白木仁の各氏とのインタビューも収録。腰割りについて多面的に議論している。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2010-08-10)
タグ:腰割り 相撲
カテゴリ トレーニング
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目からウロコのマラソン完走新常識 だから、楽に走れない!
飯田 潔 牧野 仁
マラソンが、依然ブームである。もはやブームを通り越して一種の嗜みと言うかナンと言うか、ある種の習いごとのようなものとして定着してしまった感すらある。都会ではランナーズステーションなるものが設置され、ピアノ教師やバレエインストラクター同様、ランニングインストラクターという肩書きのプロまで活躍中という昨今である。
が、底辺が広がれば、その分悩みの種類も増える。アクシデントも増える。そして、マラソンにおけるそれは「タイムが縮まらない」「足が痛い」といった切実なものから、「似合うウェアがない」「やせない」といった微笑ましい(失礼!)ものまでまさにピンキリなのだ。
本書は、そんなマラソンにおけるさまざまな悩みや“なぜ”に2人のスペシャリストが明快な答えを提示してくれる、How to 本ならぬ裏ワザ本。自らのクラブを「日本一走らないランニング教室」と自負する指導者と「シューズと足とインソールの専門店」の代表者が、文字通り目からウロコの解説とともにマラソンに関する疑問を小気味よく解き明かしてくれている。
たとえば、路上でよく目にするタオルオンネック(タオルを首にかけるスタイル)。こんな些細な事柄に関しても、のっけから正攻法でサラリと解説、注意を促してくれる。また、一方ではシューズ選びの際の「爪先にプラス1cmの余裕を」と言われる定説に対して、豊富な専門的データと実例をもとにしっかりとした否定的見解を示しつつ、ではどうするか? といった点にまで踏み込んでなるほど、というアドバイスもしてくれている。
こうした愛情あふれる専門的解説や根拠のない定説に対するツッコミのオンパレードに通底しているのは、著者たち自身も語る“なぜ?”を大切にする視点や、「マイナスのものをまずはゼロにする」というシンプルなスタンスに他ならない。著者の一人はさらにこうも語る。情報が氾濫する世の中で、「カラダとシューズがあれば気軽に楽しめるスポーツ」だからこそ、そのカラダとシューズを侮らず、正しい知識を持ってほしい、と。
一般から本格派まで、ランナーは読んでおいて損はない一冊。新書判というのも手に取りやすくて嬉しい。
(伊藤 謙治)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:ランニング マラソン
カテゴリ 運動実践
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お相撲さんの“腰割り”トレーニングに隠されたすごい秘密
元・一ノ矢
四股(しこ)、股割(またわり)は良く耳にする言葉ではあるが、腰割りとはどのようなものなのだろうか?
相撲で四股を踏むときの基本姿勢――まっすぐ立った姿勢から股関節を開いて腰を下ろしていく運動――のことを指し、イメージとしては、ハーフスクワットのような動作と捉えてよさそうである。ポイントは上体を前傾させずに、膝とつま先の向きをそろえて脛骨は地面に対しまっすぐのまま行うということである。
実際に行ってみると、なるほど、重さがかかっていない分、股関節の動きを意識しやすい。アスリートに行う場合は、トレーニングというよりコンディショニングとしての要素が強いかもしれないが、股関節動作の意識づけとしては導入しやすいと思われる。
白木仁氏、有吉与志恵氏、安田登氏という各専門家へのインタビューもふんだんに盛り込まれ、そちらも読み応えがある。
(石郷岡 真巳)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:相撲 四股
カテゴリ トレーニング
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これで試合に強くなる! 野球メンタル強化書
高畑 好秀
野球の試合で勝つためにはどうしたらよいかについてメンタル面での具体的なアドバイスをまとめた書籍。塗り絵方式での変化球のイメージ化、シルエットを利用したピッチングフォームの変化を見抜く方法などがエクササイズとして紹介されているのが興味深い。練習から試合中まで場面ごとにで陥りがちな悩みに対して明快な答えを示すなど、メンタル「強化」書として活用できるだろう。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2008-01-10)
タグ:メンタル 野球
カテゴリ 指導
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なりたいカラダになる食材のルール トータル・ワークアウト式ダイエット
池澤 智
トータル・ワークアウトでは、ジム入会者に「食事の仕方」の話をまずするという。それを体系的にまとめたのが本書だ。
食材・レシピの選び方、食べる量・間隔、そして日常的なエクササイズとの併用という3つのルールに則って、「なりたいカラダ」別に3種類のダイエット法(食べ方)を紹介している。食材の選び方に多くのページを割いているのは、とくに女性の場合「○○は美容にいい」といった健康知識が豊富で、それをもとにアレンジを加えてしまいがちなことを考慮した結果だ。
主に一般女性向けの内容ではあるが、食材の基本情報やレシピなどは、チームやアスリート、ジュニア世代への食事指導の際に大いに参考になるだろう。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2012-05-10)
タグ:食事 ダイエット
カテゴリ 食
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ヒート
堂場 瞬一
私の人生に影響を
自分の考え方、大げさに言えば自分の人生に影響を与えた本は? と問われたら何を挙げるだろうか。何かにつけ影響を受けやすい私は、どれを挙げればよいか迷ってしまうほどたくさんある。『北の海』(井上靖)、『燃えよ剣』(司馬遼太郎)、『永遠のセラティ』(山西哲郎・高部雨市)、『ブラックバッス』(赤星鉄馬)、『マネー・ボール』(マイケル・ルイス)、『水滸伝』(北方謙三)、『のぼうの城』(和田竜)などなど。そこに、もしかして本書『ヒート』も加わるかもしれないと感じている。こういうことは後になってわかることなのだから、今はまだ「かもしれない」段階なのだが。
本書はベストセラーとなった「チーム」で異彩を放ったオレ様ランナー・山城悟をキーマンとして、男子マラソン世界最高記録の樹立を目指す物語である。
世界最高記録を狙える大会として、神奈川県知事の鶴の一声で新設されることになった「東海道マラソン」。日本マラソン界の至宝と言われる山城悟に世界最高記録を「出させる」ため、元箱根駅伝ランナーの行政マン音無太志は県知事の特命を受け、超高速コースを設定し、日本人による世界最高記録の樹立をお膳立てしようとする。そして30kmまでならトップレベルの甲本剛にラビットとして白羽の矢を立てる。この3人がそれぞれの矛盾を抱えながら、奇跡の42.195kmに挑むというストーリーだ。
現在の男子マラソン世界最高記録は、ケニアのパトリック・マカウの持つ2時間3分38秒。1km2分55秒ペースで走ればフルマラソンは2時間3分4秒。計算上は世界最高記録である。もしそれが実現できたら、とんでもない記録が生まれる。もちろん「机上の空論」である。山城も「そんなに簡単に計算できるなら、苦労はしない」とにべもない。それでも、企画担当者の音無は「机上の空論」を現実のものにするため、次々と対策を講じてゆく。しかし、本番ではそんな計算を全てふっ飛ばしてしまうような、まさしく「HEAT」が繰り広げられる。
なぜ私は本書に惹かれるのだろうか。まず、山城の意外な純粋さ。傲慢で、自分の身近にいたら大変困る奴だが、走ることに対しての純粋な気持ちには心を打たれる。そしてもう1つは、登場人物たちが抱えているさまざまな、決して解消されない矛盾。私という人間が元来ヒネクレているのかもしれないが、そういうのが好きなのである。
山城は言う。「客寄せパンダはごめんですよ」。
「走りもしないで応援だけしている連中の心境がどうしても理解できない」山城は、沿道の観客を「本当はこちらを『見世物』として見下しているのではないか」と断じる。だが、「沿道の観客」の一人である私はこう思う。実業団チームに所属している山城は、その時点で客寄せパンダであり、だからこそ給料をもらっているのではないのだろうか、と。それは甲本も同じである。現役マラソンランナーでありながら、金のためにペースメーカーを引き受けるが、常にそういう状況を後ろめたく感じ、「ブロイラーの気持ちがわかるような気がした」と自嘲している。本当はどこかの実業団チームから誘いを受け、マラソンランナーとしてもう一度勝負したいのだ。しかし、実業団で走るということは金のために走るということにほかならないのではないのか?
そういえば、冒頭に列挙した私の人生に影響を与えたと思われる本も、さまざまな矛盾をはらんでいるものばかりである。読むたびに、違った角度から物事を考えさせられ、刺激を受ける。
現実をもとに生まれる熱
本書からも多くの矛盾や疑問が投げかけられてくる。ペースメーカー、人為的要素満載の高速コース、スポーツと金、スポーツを利用しようとする政治家…。これらにモヤモヤした感じを常に抱きながらも、ストーリーに引き込まれて一気に読破してしまった。
本書は小説である。フィクション、つまりつくり話である。「あり得ない」と一笑に付してしまう人もいるだろう。だが、それならば、『燃えよ剣』の土方歳三も『のぼうの城』の成田長親も実在の人物ではあるが、ストーリーは脚色を加えたつくり話である。『水滸伝』の豹子頭林冲や青面獣楊志などの登場人物に至っては実在したかすら疑わしい。しかし、人々の心をとらえ続けて離さない。事実かどうかはさして重要ではない。現実をデフォルメしたリアルなフィクションが一番面白い、と思う。本書はまさにそんな一冊ではないだろうか。
(尾原 陽介)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2012-06-10)
タグ:マラソン
カテゴリ フィクション
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4スタンス理論 タイプに合った動きで最大限の力が出せる
廣戸 聡一 レッシュ・プロジェクト
監修の廣戸氏が創案した「REASH理論」のうち「4スタンス理論」がどのように構築されていったかを、一問一答形式で振り返る。4スタンスとは身体の使い方を4種に分類したもの。たとえば逆上がり1つ取っても、逆手がやりやすい人もいれば順手がやりやすい人もいる。それはなぜかを突き詰めていった廣戸氏の粘り強さは凄まじくもある。
後半は、野球・サッカー・ゴルフを行う上での4スタンス理論の活用法、子どもを指導する際に注意すべきこと、30歳代以降の身体の変化に対応するコンディショニングについて提言。
自分の身体を本当に理解できているか、改めて見直したくなる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2014-11-10)
タグ:コンディショニング
カテゴリ 身体
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4スタンス理論バイブル エクササイズ編
廣戸 聡一
4スタンス理論とは著者が提唱する身体理論。それに基づいた、無理なく身体を動かせるようにするエクササイズを、写真とともにまとめた。
100種類を超えるボリュームだが、1つ1つはシンプル。「ピンニング」「シュラッグ」などの用語に馴染みがなかったり、理論を知らなくとも実践できるという。それは別の言い方をすれば、理論の中で4タイプに分類される身体の動かし方の特性にかかわらず、誰もが身につけるべき土台にあたる内容だからだ。スポーツの動きの基礎にもなれば、リハビリや高齢者の日常動作にも活用できそうだ。
理論をより深く知りたくなった人向けとしては、後半の章で少し補足している。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2015-05-10)
タグ:トレーニング
カテゴリ トレーニング
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スピードに生きる
本田 宗一郎
本田宗一郎は本田技研工業の創始者で言わずと知れたカリスマ経営者。以前京セラの稲盛和夫氏に心酔し懇話会に通ったりしたものですが、名だたる経営者に共通するのは哲学をお持ちだということ。ハウ・トゥーの経営方法はあまり聞いたことがありません。時代や業種などバックグラウンドが違えば、方法論はいくらでも変化するからでしょう。だからこそそのときそのときの最善策を生み出すための人としての生き方みたいなものが必要になるのだろうと思いました。
企業は多くの人の集まりであるがゆえに、経営者の哲学が全体に伝わりそれに基づいて動いてこそ、企業が有機体として運営されるのでしょう。
本田宗一郎という人は子供のころからの夢を、強い信念により現実のものとし、本田技研を大企業にまで成長せしめ、さらにその夢が次の時代に受け継がれていきました。折れることも曲がることもなかった子供のころの夢が本田技研という形になったという点で、多くの人の憧れや尊敬を集めたことには違いないのですが、よくありがちな苦労話というよりも、むしろ楽しそうに活き活きと仕事に取り組まれたという印象が強く残りました。
他人の二倍も三倍も働いてとくれば、今のご時世「ブラック企業」のそしりも受けそうですが、遊びも大事だとか、うまく休息をとってリフレッシュなんてエピソードがありました。やみくもな努力よりも効率的な仕事のあり方を奨励されています。あの時代に人並外れた努力で出世し、国民の鑑として扱われた二宮尊徳を古いといって切り捨てることはなかなかできることではありません。
ただしサラリーと引き換えに時間の切り売りという発想ではなく、仕事のときはアイデアを生み出すことに力を注いでおられたようです。そういう考えを会社全体に浸透させることでユニークなアイデアや新しい時代を切り開くための商品開発の土壌をつくることに苦心されたのがわかります。
本書のタイトル『スピードに生きる』というのはオートバイのスピードかと思いきや、経営のスピードであり、アイデアのスピードであり、流行りのスピードであったり、本田宗一郎の経営観の独自性が疾走感にあることが伝わってきました。
発想を変えてみたいときに読んでみると面白い本です。
(辻田 浩志)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2017-05-13)
タグ:経営
カテゴリ 人生
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スポーツから気づく大切なこと。
中山 和義
著者は言う。「スポーツが与えてくれるのは健康だけではない」。すなわち、感謝の心が芽生えたり、決断力、集中力、人をねぎらう力、客観的に自分を見る力がついてくるというのである。テニスコーチとして、あるいは心理カウンセラーとしての著者の経験に基づいて、わかりやすく語られている。
最終章では、著者の見聞きしたエピソードから「人との比較で力を出すのではなく、自分が持てる力をいつでも、全力で発揮する」「夢が人生をうらぎるのではなくて、人が夢をうらぎるのだと思います」などスポーツを通して気づいた大切なことが紹介されている。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2008-11-10)
タグ:成長 気づき
カテゴリ 人生
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スイングが劇的に変わる! コアトレゴルフ
有吉 与志恵 濱田 塁
コンディショニングトレーナーの有吉氏は身体を鍛える「筋トレ」ではなく、整える「コアトレ」を勧める。ティーチングプロの濱田氏と組み、アマチュアゴルファーの姿勢とスイング写真をチェック、ゴルフの悩み別に分類した。もちろんセルフモニタリングできるようポイントがまとめられている。その上で、疲れやゆがみを「リセット」し「アクティブ」に筋肉を働かせるメニューを紹介。コース中に行うことも可能なシンプルなものばかりだ。巻末には、先述のアマチュアゴルファーのビフォーアフターも掲載し、効果を証明している。もちろんモニタリングからリセット、アクティブという流れと効果はゴルフに限らない。写真が豊富に添えられているのが非常にわかりやすい。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2016-12-10)
タグ:ゴルフ
カテゴリ 運動実践
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ゼロベースランニング 走りの常識を変える! フォームをリセットする!
高岡 尚司
ケガに悩まされた競技生活を送った後、鍼灸マッサージ師となった高岡氏が、紆余曲折を経て辿り着いた「故障しない走り」について書いた一冊。ランニングに関する情報が多く溢れる中、常識といわれるものもいったん忘れ、自分の素=ゼロベースでのフォームの再考を促す。現代人はなかなかゼロベースになれないが、チェックポイントで自然でない部分、つまりケガのリスクが高い部分を見つけて、エクササイズにより自然なフォームに導いていく。そうすればケガも起こりにくく、パフォーマンスも向上するというわけだ。シンプルだが難しいその方法がわかりやすくまとめられている。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2017-02-10)
タグ:ランニング
カテゴリ 運動実践
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自分で治せる! 腰痛改善マニュアル
ロビン・マッケンジー 銅冶 英雄 岩貞 吉寛
1956年、ニュージーランドの理学療法士、ロビン・マッケンジーは、ある出来事をきっかけに、これまでの治療法とは一線を画すメソッドを生み出した。さらにそれは世界中に広がり、リハビリテーションの世界で実践・研究の蓄積によってブラッシュアップされ続けている。マッケンジー法(Mechanical Diagnosis and Therapy: MDT)である。
スミスさんは右の腰〜殿部、大腿部にかけての痛みを訴えていた。その当時、患部を温め、超音波をあてるという治療法が一般的だったが、スミスさんの症状は、この治療で変化がないまま3週間経過していた。
その日、クリニックは忙しく、来院したスミスさんに「うつ伏せになって寝て待っていて」と指示したロビン。少し経って治療室に入ると、びっくり仰天。前の患者さんが使ったまま、ベッドの頭側が上がった状態、スミスさんは、えび反りの形でうつ伏せになって寝ていたのだ。当時その姿勢は腰痛にもっともよくないとされている姿勢だった。焦るロビン。しかし、次にスミスさんが言った言葉にさらに驚くことになる。「この3週間で今が一番いい」なんと殿部〜太ももの痛みが消え、腰の真ん中に痛みが移っていた。これはのちに「中枢化現象 centralization」と名づけられ、予後良好のサインとして整理される。
この出来事を見逃さず、省察したところに、ロビン・マッケンジーの臨床家としての炯眼があると思う。伸展の印象が強いマッケンジー法だが、実際には屈曲、側方のエクササイズもあれば、脊柱だけでなく、四肢の関節の適応もある。マッケンジー法の特筆すべき点は、「自分の健康は自分でつくる」という患者ないしクライアントが、主体性を獲得することを目標にしていることだと思う。その人のゴールに向かって、セラピストは伴走するという協力関係を築くことを理想としたい。
(塩﨑 由規)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2022-03-29)
タグ:マッケンジー法
カテゴリ スポーツ医科学
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不安や緊張を力に変える心身コントロール術
安田 登
普段生活をしているとき、私の「体調」と「気分(精神状態)」の境目はどこだろうか。これは勝手なイメージだが、スポーツをする人はフィジカルとメンタル、のようにきっちり分けて考えているように思う。私はどちらかというと今日はいいことがあったので調子がいい、とか、頭が痛いから気分が優れないな、と体調と気分を混同している。心配事があればお腹が痛くなったりするし、身体のどこかが痛ければ気分も優れないというものである。
この心身の不調の元になりやすい「不安」や「緊張」だが、たとえば「呼吸の方法ひとつで、やる気は失われずにネガティブな感情を抑えることができる」と聞いたらどうだろうか。ちょっと「そんな都合のよいこと…」と思わないだろうか。私は思う。正直に言うと、私は啓発本の類が苦手である。「一日◯◯分これをするだけで」とか「これで全てうまくいく」とか、眉唾すぎて手に取る気になれない。なのになぜ、この本を手に取って読んだか。それは著者の安田登さんが能楽師だからである。
とあることから能について勉強しなければならなくなったとき、全国の、主に小中学校を回って能のワークショップを行っておられる安田さんを知った。そして講演を聞いたり、公演を観たりしに行くときに予習としていくつか著書を贖った。これはその延長で入手したものだ。安田さんの著作は多数あり、能の魅力についてももちろんだが、こうした能という伝統芸能の所作から身体の使い方を考察したものも数多くある。この本の中に出てくるロルフィングというボディーワークについても、安田さんは、その持ち前の好奇心とフットワークの軽さでアメリカまで行って施術者の資格を取り、それを専門に紹介した本を出しておられる。
ところで先に述べた「呼吸の方法ひとつでやる気は失われずネガティブな感情を抑えることができる」というのは能の謡のときの呼吸で、安田さんは「舞台のときは緊張するのに謡を謡っているときだけ緊張していない」ことからそれに気づいたそうだ。私が「こうすればうまくいく」系の本をあまり信用していないにもかかわらず、この本を買って読んでしまったのには、安田さんの提唱するあれこれに、そうした650年も続いている「能」というものによる裏打ちがあるから、というのがある。
本書にはこのようにメンタルに影響のある呼吸のことだけでなく、能の所作が大腰筋を鍛えることになるから能楽師は歳を取っても元気で80、90でもまだ現役でいられる、というような身体のことについてもその例やトレーニングが紹介されている。また興味深いのは、不安や緊張など、うまくいかないことに際しての、ものの考え方である。物事がうまくいかないとき、そのことをどう捉え、どう向き合うのか。
本書には自己イメージやサブ・パーソナリティというものも出てくる。それがどういうものなのかは、私の下手な説明を見るより本書を読んでいただいた方が断然早い。チームがうまくいかないとき、自分のやっていることに手応えを感じられないとき、もしかしたら本書にはそれを打開するようなヒントがあるかもしれない。
(柴原 容)
出版元:実業之日本社
(掲載日:2022-06-20)
タグ:メンタル 不安 呼吸 能
カテゴリ 身体
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