スポーツドクター
松樹 剛史
この本は、主人公夏樹を中心にいろいろなアスリートの心情が描かれている。スポーツに関わる人のバイブルといってもいいと思う。各章、各章に非常に心に残るセリフが多い。
第一章はACLを損傷してしまった夏樹が高校最後の大会をやり遂げる、熱いストーリーから始まる。最後の試合を間近に控え、自らの膝への不安を抱えながらもキャプテンとしてチームを支えていこうとする。「一年も休んだら、もうわたしたちの部活は終わってしまっている。そのことに比べたら、一人で膝の不安と闘うことなんて、なんにも怖くなかった」。ドクターから告知をされた直後の夏樹の言葉の多くが重く、共感を覚えた。
第二章は、野球肘の少年とその両親のストーリー。自分の夢を子どもに叶えさせたいと強く願うがため、子どもをみることを二の次に、自分の考えを押しつける。子どもを大人の小型にしたものとして扱ってしまう。
第三章は、摂食障害の女性水泳選手のストーリー。大切な人の期待に応えたい。そのためにはトレーニングで身体を鍛えていかなければならないが、女性としてみてほしいから筋骨隆々にはなりたくない。女性ならではの葛藤、切ない恋のストーリーである。この2つの章ではとくに、選手を取り巻く家族やコーチとの関わり方が、ドクターの会話方法から勉強になった。
第四章は、女性水泳選手のドーピングのストーリー。ドーピングを禁止すべきとする立場と、相対する承認すべきとする立場の意見が述べられている。また、ドーピングの病態・生理学的な内容から、検査法まで載っている。体験談も含んでおり非常にリアルである。「ルールを定めているからとか、練習をしているからとか、そういうことではありません。ドーピングをしたことで泣いている人がいる。だから私はそれを悪と断ずることができます」と言い切った看護師のセリフは簡潔かつ壮快。とくにこの章は熱く響いた。
人を動かすには人の立場に身を置くことが大切である。スポーツに関係する職業の方は、過去に選手であったが多く、その経験をもって選手、スポーツ、広くは社会に貢献しようとする方が多いと思う。しかし、月日を重ねると共に選手時代の気持ちが薄れ、指導者や評論家としての立場からの視点のみで働いてしまっていないだろうか。この本は自分の選手時代を思い出し、初心に帰るきっかけとなると思う。
(服部 紗都子)
出版元:集英社
(掲載日:2012-02-15)
タグ:傷害 摂食障害 バスケットボール 水泳 野球 ドーピング
カテゴリ フィクション
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イチローUSA語録
デイヴィッド・シールズ 永井 淳 戸田 裕之
野球ファンならずとも、彼の名前を知らない人はいないだろう。
イチロー。日本人初の野手としてメジャーリーグに挑戦した彼は、今や記録にも記憶にも残る名選手として活躍を続けている。本書はイチローのルーキーイヤーである2001年に、彼がインタビューなどで残した言葉が英文とともに記載されている。
日本では前人未到の200本安打を放ち、7年連続で首位打者というスーパースターだったイチロー選手も、当時のアメリカのメディアからすれば1人の小柄なルーキーでしかなかった。当時、現在のような活躍をすると予想していたメディアやファンがいただろうか。
10年連続200本安打や年間最多安打記録、オールスター戦でのMVPなど、彼の功績を知っている今、改めて当時のアメリカメディアが彼のプレーに衝撃を受けている様子を見ると、私は「どんなもんだ」と心の中で威張ってしまった。当の本人はそのような態度は一切見せていない。10年経った今でも変わらず、現状に満足することなく、さらに上を目指している。その向上心が、現在までの活躍を生んできたのだろう。
イチロー選手に関する本はほかにもたくさんあるが、メジャーリーグでのスタートを切った当時の言葉に触れられる本書を、ぜひ一度手にとってもらいたい。イチローの活躍の秘密が見つかるかもしれない。
(山村 聡)
出版元:集英社
(掲載日:2012-02-15)
タグ:野球 スポーツ報道
カテゴリ 人生
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イチローUSA語録
デイヴィッド シールズ 永井 淳 戸田 裕之
昨年アメリカの主として新聞に載ったイチローに関する記事をイチローの言葉をメインに編集したもの。右頁は日本語で、左頁には英語の記事が収録されている。
こうして年間の記事を読むと、イチローが当初は軽く見られつつも、やがて驚異の活躍をしていく様が改めてわかる。
それ以上に、イチローの「言葉」が新鮮である。もちろん、これはイチロー自身の言葉というより通訳を介しての表現なのだが、イチローは時にとてもユーモラスであり、時に深遠でもある。
足の裏をマッサージするのに使っている器具の名前を聞かれたときの彼の答えは「木です(Wood.)」。質問の意味がよくわからないというより、どうもマスコミの執拗な質問をうまくはぐらかすのが得意のようである。
「彼はメディアの扱いに慣れているし、彼の発言のいくつかはむしろアメリカのファンのあいだで彼の人気を高めるのに役立っている」(ジム・アレンの解説より)
アレンの指摘で書き出しておきたいのは「イチローがメジャーリーグに惹かれた理由の一つに、大リーガーはプロフェッショナルと見なされていて、何者であるかではなく、何をするかで判断されるということがある」という一文。一流は何を語るかも問われる。イチローは疑いなく一流と改めて知ることができる。
新書判 206頁 2001年12月19日刊 660円+税
(月刊スポーツメディスン編集部)
出版元:集英社
(掲載日:2002-03-15)
タグ:野球 イチロー
カテゴリ 人生
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貧乏人は医者にかかるな!
永田 宏
過激なタイトルと感じた方がいるかもしれない。しかし日本の未来はもっと過激なものかもしれない。
副題にあるように焦点は医師不足が招く医療崩壊。日本の医師不足は、地方における病院で2000年前後を境に叫ばれるようになり、ここ2~3年では都心部においても医師不足は問題視されるようになった。しかもアルバイト医師が急激に増えている現状がある。
そもそも医師はなぜ不足していると言われているのか。厚生労働省が主催する検討会でまとめられた2005~2006年度の報告書ではこうある。2004年で、医師の勤務時間を週48時間として必要医師数を計算すると医療施設に従事する医師数が25.7万人。それにたいしての必要医師数は26.6万人とある。つまり2004年の時点で9,000人の医師が不足の状態にあるのだ。現場での実感としては数万人不足しているという感覚。だが現時点の結論として(医師の需要の見通しとしては平成34年(2022年)に需要と供給が均衡し、マクロ的には医師数は供給されるという。
本書を読み進めていくと、国が考える医療の問題点は医師不足とはどうやら別のところにあるようである。今医療はさまざまな点で転換期にある。
2007年10月22日刊
(三橋 智広)
出版元:集英社
(掲載日:2012-10-12)
タグ:医療
カテゴリ その他
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欲望する脳
茂木 健一郎
茂木氏は本書の中で「脳とは、結局は生物が生き延びるために進化させてきた臓器である。生存のための臓器としての脳は、徹頭徹尾利己的に作られている」と述べている。“歴史は繰り返される”という言葉があるが、茂木氏の示す通り、この言葉の根源が人間の脳であるとするならば、私たちはこの欲望する脳とどのように接していけばいいのか。
昨今問題になっている食品会社の食品の安全管理体制や、建設会社の環境アセスメントの裏工作、政治献金や、社会保険庁の年金受給者への怠慢な管理、年金未納、戦争など、さまざまな点において私たちは欲望する脳に疑問視していることになる。しかしながらその欲望する脳も人間の進化のためには十分な役割を果たしてきた。こうして肉食獣がいない安全な居住があるのも、好きなときにコンビニエンスストアで食事を確保できるのも、私たち人間の脳が欲望するままに生きてきたからに違いないからだ。つまり生きるために私たちは欲望し、進化してきた。結局のところ答えは見つからないかもしれない。だが、いろいろな問題が出てきている現代だからこそ、利己の欲と、利他の欲とを協調していくことが大事ではないだろうか。
2007年11月21日刊
(三橋 智広)
出版元:集英社
(掲載日:2012-10-12)
タグ:脳
カテゴリ エッセイ
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iPS細胞ができた!
山中 伸弥 畑中 正一
1996年クローン羊「ドリー」の誕生のニュースは全世界を震撼させ、次いでES細胞(胚性幹細胞)が発表された。再生医療への研究はさらに進み、2007年11月20日、山中伸弥教授のチームがヒトの皮膚からのiPS細胞(人工多能性幹細胞)作製成功を発表した。 ES細胞もiPS細胞もどちらも、期待されている再生医療であるが、ES細胞は受精卵を壊して使うもので、受精卵を使用することから倫理面と他人の細胞を使うため拒絶反応の問題があった。一方、iPS細胞は皮膚細胞など自分自身の体細胞を使用するため拒絶反応がない。したがって、自分の悪くなった臓器の細胞をiPS細胞から再生することで、将来的に自分の細胞で病気を治すことができるようになるのではないかと注目されているものだ。
本書は、このiPS細胞を研究し作製に成功した山中伸弥氏と京大ウイルス研究所所長などを経て現京大名誉教授の畑中正一氏との対談で構成されている。一見難解な話も読み進めていくうちに、決して楽ではなかった研究の過程やiPS細胞を発見したときの喜び、これからの再生医療に対する思いなど、山中氏の人柄が聞き手の畑中氏によって引き出され、読者もワクワクした気持ちで引き込まれていく。また、文字が大きく読みやすい装丁で最後まで飽きずに読むことができる。最先端医療の未来を感じる一冊である。
2008年5月31日刊
(田口 久美子)
出版元:集英社
(掲載日:2008-10-15)
タグ:iPS細胞
カテゴリ 生命科学
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雌と雄のある世界
三井 恵津子
生物学の本である。著者は、お茶の水女子大理学部科学科から東京大学大学院生物化学専攻の理学博士。ドイツ、アメリカでの研究生活後、サイエンス系出版社で編集記者、編集長を務めた。現在はサイエンスライターである。
ご存じのように、生物学の世界は日進月歩。正確には、分子細胞生物学、分子遺伝学、発生生物学など、どんどん細かくなっていて、一般には新しい発見についていけそうにない。本書は、そういう世界でどこまで研究が進んでいるのか、何がわかってきたのかを、わかりやすく教えてくれる。iPS細胞やクローン技術などトピックも満載。
発展著しい分野だが、わかってくるほどわからないのが生物とのこと。わかっていないことのほうが多い。著者は、この本を書いたとたんに書き直さなければいけないのではないかと記しているが、それくらい新たな発見が続いている。
書名にある「雌と雄」の話も面白いが、こうした発見の概要を知るだけでも楽しい。しかし、つくづく思うのだが、細胞の話はなんと人間の社会全体にあてはまることが多いのか。細胞について考えると、自然と宇宙や命、つまり人生全体へ思いが及ぶ。
2008年10月22日
(清家 輝文)
出版元:集英社
(掲載日:2012-10-13)
タグ:生物学 生命科学 細胞
カテゴリ 生命科学
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夏から夏へ
佐藤 多佳子
軽やかなリズムで
主に文芸書を手がける作家(スポーツ記者とかスポーツライターとかではない)が、インタビューを元に、その素材を新鮮なまま一冊にまとめたノンフィクションである。題材は、2007年の夏に大阪で行われた世界陸上。それも4×100mリレーにまつわる話題、人物に限ったものだ。
正直この話題だけで一冊の書物になることに少しばかりの疑問を抱きながら読み始めた。だが、すぐにそんな心配はいらないことに気づかされた。
最終的には、この本があったからこそ北京オリンピックで銅メダルが獲得できたのではないだろうか、とまで思うに至った。
膨大で緻密な取材内容が記録されているが、決して表面的なインタビューの羅列ではない。愛情深く、かといって感情に流されることもなく、軽やかなリズムで書き進められて行く。文章のプロだから当然とはいえ「競技経験のない」小説家が書くドキュメンタリーが、この私(いちおう陸上の経験者でもあり、実際の決勝レースはこの目で見た。泣いた)にさえ肌感覚で“それあり!”な記憶を鮮やかによみがえらせてくれるのだ。
異なるものと出会って見える世界
一般にスポーツの感覚的側面は“やった者にしかわからない”という閉鎖的な思い込みの表現で成り立つことがある。確かに、よく知らないと見えてこない世界もあるが、どっぷりと浸り過ぎてしまうとかえって本質が見えなくなってしまうこともある。私が最初に抱いた不安感は多分にこういった理由によるものだ。
しかし、異なる感覚やある種の違和感と出会って初めて見える世界というのもある。たとえば、外国人が地域の伝統文化の見直しや伝承、発展に寄与することがあるでしょう? 私の生まれ育った北信濃の地には、フランス生まれの俳人や、老舗の造り酒屋にアメリカからきた若女将がいて、日本文化に新たな光を当て、地域の発展に貢献している。あるいは、海外青年協力隊などで、外国人として文化の異なる国や地域に行っている日本の方々の活動もこれに似ていると思うが、このような、異文化からの働きかけによってその文化にどっぷりと浸かっていた人たちが自分たちの独自性に気づき、伝統文化の伝承や発展の一翼を担うということは決して珍しいことではない。
その考えからすると、競技の素人(作家=異文化の人)が、玄人(選手、コーチなど=どっぷりの人)が気づかなかった競技の真髄に迫るきっかけをつくり、競技力向上に役立つことは十分にあり得ることになる。
プロセスが競技に役立ったのではないか
要は、記述する側の感受性やバランス感覚が大切ということなのだろう。そのことが次のような節に現れている。「“死ぬ”」ほどハードな冬期練習の取材に行って、「そういうきつい練習を見てみたいと思った。邪魔じゃないかと申し訳ない気持ちがありつつも、やはり、実際に見てみないといけない気がした。そして、実際に見て、かえって、“わからない”ことを実感」することになる。
そのうえで「その膨大な努力のひとかけらを見ること、それを言葉で記することに、大きな意味はないだろう。何かわかったふうなことを書くためには、陸上競技をよく理解した人間が、選手の冬期練習を何カ月もフルに追いかけて見ないといけない。そんな絶望感にひたりながらも、やはり、貴重なドキュメントに立ち会わせてもらったというすがすがしさは消えなかった」という感想を述べているのだ。
立場を明確にして、現象を素直に見つめているからこそ気づく違いを丁寧に書きとめ、理解を深めて行くという態度が貫かれている。このことは逆に、選手にとっては、インタビューされることで自身のことに気づき、記述されたものからのフィードバックを受けて考えが統合され、競技力の向上に役立ったと考えることも可能なのではないか。
本書に描かれている大阪で世界陸上が行われた時期(2007年、夏)と、出版の時期(北京オリンピックの直前、2008年、夏)、その少し前まで選手への取材がなされていたことを考え合わせるとなおのことその思いを強くさせられる。
今、ここに、その時を再現する力がドキュメンタリーにはある。しかも、それが一冊の長編の書物としてまとまることで、別次元の価値、意義が生まれ、未来につながっていくような気がするのである。
(板井 美浩)
出版元:集英社
(掲載日:2008-12-10)
タグ:陸上競技
カテゴリ スポーツライティング
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寡黙なる巨人
多田 富雄
著者は、世界的に知られた免疫学者。『免疫の意味論』『生命の意味論』などのご自身の専門の著書のほか、新作能の作品も多い。
その著者が2001年5月2日倒れた。その前に乾杯のとき、「ワイングラスがやけに重く感じられた」。「重くてテーブルに貼りついているようだ。なんだかおかしい。それが後で思えば、予兆だったのだ」。
脳梗塞で右半身不随になり、しかも嚥下障害と言語障害を伴った。動けない、話せない、食べたり飲んだりできない。何かしてくれた人に「ありがとう」とも言えない。
この本の最初の章、書名と同じ「寡黙なる巨人」はその闘病録である。著者はもちろん医師でもある。奥様も内科医。自分のからだについて、リハビリテーションの内容について、詳細に、時に厳しく記していく。その文章も入院してから教わったワープロで1字1字打って書いたものである。その闘病生活、リハビリテーションのなかで、著者の内部に「巨人」と呼ぶべきものが生まれてくる。
理学療法、作業療法、言語療法についても著者の経験から、鋭い意見が述べられる。医療とその制度についても真摯な意見が述べられる。誰しも他人事ではない。ぜひ、ご一読いただきたい。
2007年7月31日刊
(清家 輝文)
出版元:集英社
(掲載日:2012-10-13)
タグ:闘病 リハビリテーション
カテゴリ 身体
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つなぐ力 4×100mリレー銅メダルへの“アンダーハンドパス”
石井 信
素質を“磨く”
短距離は“素質”で走るものと思っている人が一般には多い。
確かに高校生ぐらいまでは“素質”すなわち、“センス”と“ノリ”ともう1つ“保護者のおかげ”、で走れている選手は多いと思う。しかし大人になってから、“大人の選手”としての競技力向上には、素質を“磨く”ことがいかに重要かという説明が、朝原宣治という選手のおかげで最近はしやすくなった。
朝原は、北京オリンピック(2008年)男子4×100mリレー(通称、4継=ヨンケイ)で、1走の塚原直貴、2走の末續慎吾、3走の高平慎士とつながれてきたバトンを、アンカーとして銅メダルへと導いた、チーム最年長(当時36歳)のメダリストである。彼は日本人として初めて100m走10秒1台(1993年)、次いで10秒0台(1998年)の扉を開き、2001年には10秒02と、幾度にもわたって日本記録を更新してきた。そして北京オリンピックでの銅メダルまで、なんと足掛け15年にもわたって短距離界を牽引してきた日本陸上界屈指の競技者である。
こんな偉業が、センスと若さの勢いだけでなされるわけがない。日頃、講義や部活動などの中で学生たちにこの例を挙げて“素質”だけではないという話を持ちかけても、数年前まではなかなか理解してくれず閉口していた。ところが今回の銅メダル獲得をきっかけに、“おお! あのアサハラ!”とすんなりわかってもらえるので大変嬉しい。
かつての一流どころがサポート
さて今回紹介する「つなぐ力」は、北京オリンピック銅メダル獲得の裏に隠されたドラマを追った、元陸上競技専門誌記者であるスポーツライターの手になるものだ。「スポーツでは、選手が主役であり、監督とか、コーチとか、あるいは競技連盟の役員は裏方としてこれをサポートする立場」にある。「この本は、そういうサポートに回る人を取材して」まとめたものである。 裏方といっても、高野進、麻場一徳、苅部俊二、土江寛裕などなど、選手としてもかつての一流どころが名を連ねる。本欄の筆者(1960年生まれ)世代にとっては、彼らの選手時代の活躍を目の当たりにした記憶もよみがえり、1冊で二度オイシい状態なのである。
中心的存在となる高野は、「発想力」の人だ。学生時代、400mのライバルとしてしのぎを削った麻場によれば、高野は「いろいろな発想をする能力があって、独創的な考え方」をするが、「ただ独創的なだけではなく、それをいかに実現していくかということも、着実にやって」のける。しかも「独善的にやっていくのではなく、必ず、われわれの意見を聞きながら進めて」いく人物であるという。
アンダーハンドパス採用の理由
4継のバトンパスは「オーバーハンドパス」が世界の主流である。これに対して日本は「アンダーハンドパス」を用いている。日本4継チームにおける「アンダーハンドパス」採用の提案者が高野なのだ。
バトンパスに際し、前走者と後走者は互いに腕を伸ばし合ってバトンを渡す。腕を伸ばし合うので、その距離の分だけ走る長さが短くてすむことになる。これを「利得距離」という。「アンダーハンドパス」は「オーバーハンドパス」に比べ、この「利得距離」が短いとされている。「利得距離」が短いということは、それだけ長い距離を走らなければならないことになり、タイム的にも無視できないほどであるとの計算もなされている。
なのになぜ、日本は「アンダーハンドパス」を取入れているのか。「オーバーハンドパスは、バトンを点で渡さなければならないのに対して、アンダーハンドパスなら線で渡すこと」ができる確実性や、選手にとって「自然に渡せる」「やりやすい」と好評であるなどの利点が紹介されている。
それらを容認しつつも要所に挟まれる高野のコメントは、その視点がやはり独特である。提案者として一歩先を見つめているからか、読み手の予想を心地よく裏切ってくれるのである。センスや勢いだけでない、素質を“磨く”ことに多くの労力をさいた選手時代の経験が高野の発想のもとにあるだろうことは想像に難くない。
“名選手、必ずしも名監督ならず”とは、ひところよく聞いた言葉であるが、こと陸上短距離界に関してはいずれ死語となるに違いない。
(板井 美浩)
出版元:集英社
(掲載日:2009-12-10)
タグ:陸上競技 リレー
カテゴリ スポーツライティング
CiNii Booksで検索:つなぐ力 4×100mリレー銅メダルへの“アンダーハンドパス”
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スポーツを「読む」
重松 清
本書は、39人のライターと彼らの著書をそれぞれの特徴をもって解説しています。
中でも印象に残ったのは、パソコンを知らない海老沢泰久氏が書いたというNECのパソコンの「マニュアル」。「マニュアルというのは、その機械をよく知っている人が書くから、読み手にわかりづらい。知っている人間は、知らない人間がいるということを忘れがちで、それに気づいたとしても、知らない人間が何を知らないのかがわからないのである」――当然です。そして彼のライティングから、「事実をしっかり伝えていれば読後にはおのずと事実を超えるものがたちのぼる。しかし、あくまでも読者一人ひとりの胸に宿るべきもので、書き手が押しつけるものではない」。
当たり前のことですが、同じものに触れても人によって感じ方が異なれば、伝え方も異なる。この本からは、ただ単にライターの表現方法や、ちょっとしたスポーツの奥深さを知り得るだけではなく、もし伝える側(たとえばライターに限らず指導者のような立場であっても)だとしたら…勉強になりました。
(大槻 清馨)
出版元:集英社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:書籍紹介
カテゴリ エッセイ
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ホイッスル! 勝利学
布施 務
読んでいる間、ずっと苦しかった。「本気でぶつかっているのかい?」と問い詰められ、「“エッジ”に立って飛んでみろよ」と挑発され、「目標は手の平に載っている。握る努力をするのかしないのか。決めるのは自分自身だぜ。」と試されたみたいだ。
本書は本来、「たとえ持って生まれた人柄や個性は変わらなくても、考え方の習慣はトレーニングで変えられる」という前向きな内容の本である。
しかし、私にはそう感じられた。家庭と仕事とボランティアでのスポーツ指導と、どれもこれも言い訳ばかりの中途半端。ああ、なんてダメなオレ…。読み進めるにつれ、どんどんどんどん自虐的な気分になってゆくのだ。
この本は、今まさにプレーヤーとして夢を追っている小中高生向けに書かれている。しかし、指導者にこそ読んでほしい本、いや読むべき本である。
「本気」なのか? 「断固たる決意」はあるか? 指導者たる者は、生徒に精神論を語る前に、自分のことを見つめなおし、「できない自分」と向き合う勇気を持たなければならない。
落ち込んでいる場合ではない。私も「できない自分」と向き合おう。そして、心の中に本気の火を灯し、「今、この瞬間」に全力を尽くそう。読後には、そういう気持ちにさせてくれた。背中を押してくれる一冊である。
(尾原 陽介)
出版元:集英社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:メンタル
カテゴリ メンタル
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メジャー野球の経営学
大坪 正則
千葉ロッテマリーンズの優勝で幕を閉じた2010年のプロ野球。先日、優勝パレードの様子がテレビで流れていた。シーズン終了後はファン感謝祭や選手のトークショーなど球団独自の取り組みが行われる。それと同時に選手の契約改正が行われるシーズンでもある。今年も新聞ですでに目にした「保留」の文字は毎年のこと。選手にとっての収入は球団の支出なのだから、スムーズにいかないのがひょっとしたら“普通”なのかもしれない。
球団経営のための収入をどうやって増やし、球団を運営していくのか。コミッショナーや球団、選手会、そしてその他の機関のそれぞれの「仕事」とその仕事の関係性をメジャーから学ぼうという姿勢。そのために、「本書は読者が監督や選手の立場でプロ野球を観たり、勝ち負けで球団を応援するだけではなく、たまにはコミッショナーや球団オーナーの立場からリーグ全体を俯瞰し、球団社長になったつもりで球団経営を楽しむポイントを示唆している」と著者。
年棒やドラフト、フリーエージェントなどプロスポーツではない限り、少し離れた話になるかもしれない。しかし、施設内のサービスやファン向けの活動などといったプロモーションやマーケティングの話は学生スポーツやアマチュアスポーツの団体も学ぶことは多くある。そして、“感動や興奮や驚きを与える選手”のパフォーマンスの一部を担っているトレーナーの方たちにとっても「お金のはなし」は知っておいて損はないと思う。
(大塚 健吾)
出版元:集英社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:野球 経営 メジャーリーグ
カテゴリ その他
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スラムダンク勝利学
辻 秀一
本書はいくつか出ている勝利学シリーズの中の一冊であり、バスケットボール漫画のスラムダンクの名シーンや選手の心情などにフォーカスし、スポーツ心理学に関連づけている。一章ごとの区切りが非常に簡潔であり、テーマが明確である。通常のスポーツ心理学だと少し難しいと感じてしまうところも漫画のワンカットを入れることにより、シチュエーションを理解しやすく非常にわかりやすい。なので年代を問わず誰もが楽しく読むことができるであろう。実際のスポーツシーンでもありがちなことが題材になっているので、ふと練習をしているときに思い出せるのもよい。
だが、本書はスラムダンクのあらすじなど読者が知っている前提で進められる。もちろん読まなくともわかるのだが、スラムダンクを読んでいたほうがキャラクターに自身を投影しやすく理解がしやすいであろう。
こういった漫画をベースにした勝利学シリーズはその漫画が好きな人にはもちろんのこと、スポーツ選手(とくに小中高生)にはスポーツ心理学の入り口としても入りやすく、非常に楽しめる内容となっている。
(三嶽 大輔)
出版元:集英社インターナショナル
(掲載日:2013-01-18)
タグ:心理 チーム
カテゴリ メンタル
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腰痛はアタマで治す
伊藤 和磨
著者は元プロサッカー選手であったが腰痛により選手を引退し、自身が体験した経験から腰痛を専門とするパーソナルトレーナーになった方である。
最初に、なぜ病院で腰痛が治らないかということを細かく説明している。そこには保険診療の点数制度の影響が大きく、またリハビリも事務的にならざるを得ない環境も関係していることが書かれている。ただし出版された時期も関係するだろうが、すべてがそうでもないと思うのと、引用文献が『脊椎のリハビリテーション』ばかりというのが気になる。タイトルから治療やトレーニングを行わないのか? と思うが、続いてトリガーポイントの説明とケアの方法が書かれている。
さらに痛みやトリガーポイントを引き起こさない姿勢についての説明となる。ここではインナーコルセットとニュートラルポジションというキーワードが出てくるが、やはり現代のクリニックやパーソナルトレーニングなどでは浸透している話である。
ここまでできて次のフィードフォワードという動作についての話になるが、ここから日常動作などで腰痛を引き起こさないようにするために頭を使うということが、予防につながるという話である。付記としてぎっくり腰の治し方が書かれているがアイシングというもっともポピュラーな方法。
トリガーポイントの圧迫がメインであることに少し残念な感じがあるが、セルフケアの方法を知ることができると自分で治せると思えるので、そこはよい点だと思う。腰痛の予防やセルフケアの方法を知るには良書であるが、アタマで治すということだけを考えて読むと少々がっかりする。日常動作の指導が他の書籍と違っていろんな場面を想定して細かく記載されていることが親切である。
(安本 啓剛)
出版元:集英社
(掲載日:2015-06-18)
タグ:腰痛 トリガーポイント
カテゴリ 身体
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ウサイン・ボルト自伝
ウサイン・ボルト 生島 淳
よい本とは
私は最近、本の良し悪しについて感じたことがある。わかりやすいことや、共感できることが書いてある本は、実は意味がないのではないか。自分が漠然と思っていたことが言葉になっていて、「そうそう、それが言いたかった」というのは確かにうれしい。しかし、自分の理解が及ばないことや思いつきもしなかったことが書いてある本を読んだ方が、たとえそれを理解できなくても、自分の肥やしになり世界が広がるきっかけになるかもしれない。だから、共感できない・理解できない本をよい本というべきなのではないか。
本書は、盛りに盛った自慢話である。それに、ずいぶんとあけすけだ。こう感じるのは、私が謙虚さと節度を美徳とする平凡な日本人だからかもしれない(ジャマイカでは普通のことなのだろうか?)。しかし、それでいて嫌味がなく、読後感は不思議と爽やかである。
印象に残るシーン
ボルトといえば、非常に印象に残っているシーンがある。
何の大会のテレビ中継だったか忘れてしまったが、とにかくオリンピックか世界陸上の4×100mリレーの決勝。
レースのスタート直前、第3コーナー上で待機している3走のボルトの様子がアップで写っている。「On your marks」のコール後に観客に静かにするよう促す「シィーッ」という効果音(?)が会場のスピーカーから流れる。ボルトは微笑みを浮かべながら、それに合わせて人差し指を唇に当て、次いで両掌を下に向け軽く上下させ「静かに静かに」というジェスチャーをしていた。
決してふざけているわけではない。リラックスというよりも、本当に無邪気に決勝レースを楽しんでいるように見えた。そのおどけた姿を見て、私は、この人には誰も敵わない、と思った。
強さの秘密
どうやらボルトの強さの秘密は強烈な闘争心と自負心にあるらしい。
まず闘争心。強敵や敗北がボルトの心に火をつけ、大きなレースになればなるほど燃える。
私も一応陸上競技者であったのだが、ボルトのように「相手をやっつけてやる」という気持ちでレースに臨んだことは一度もなかった。むしろ逆に、他の選手のことは意識せずに自分の最高の走りをして自己ベストを狙うことだけに集中していた。
勝ちたい気持ちは当然あるのだが、よい記録を出せば順位は後からついてくると考えるようにしていた。他の選手のことを気にすると集中できなくなってしまうのだ。これは私の取り組みの甘さと気持ちの弱さの表れなのだろう。
が、ボルトは違う。「タイムを狙うことは考えない」「最強の選手に勝たなければ面白くない」「記録はトッピング、金メダルはケーキそのもの」というように、勝つことを最大の目標としている。「おいブレーク、こんなことは2度と起きないからな」2012年のジャマイカ選手権で、チームメイトで後輩のヨハン・ブレークに優勝をさらわれたときに、ボルトがブレーク本人に宣戦布告した言葉だ。
なんという負けず嫌いなのだろう。
そして自負心。2009年の自動車事故で九死に一生を得たボルトが感じたのは、神からのメッセージだった。「俺が生き残ったのは、地球上で最速の男として選ばれたというお告げであり、事故は上界からのメッセージだと受け取った。勝手な考えかもしれないが、神は最速の男の座に就くのは俺だと考えているようだ」
また、別のページではこんなことも書いている。ドーピング問題に対しての考えだ。「だいたいドーピングというのは、競争できるだけの身体的能力を欠いている連中がするもので、俺はそんな問題は抱えていなかった」
普通、こんなこと言えない(これもジャマイカでは普通?)。
世界が広がる本
自分の才能と努力に絶対の自信を持ち、最高の舞台での強敵との勝負を楽しんでいるからこそ、レース前のおどけたしぐささえも観客には愛嬌と映るのだろうか。 次元が違いすぎて共感できることはほとんどないが、トップアスリートの精神状態に触れることができて、世界が広がる本だと思う。ただ、もし日本人がボルトの流儀を真似をしたら総スカンを喰うことは間違いないだろうが…。
(尾原 陽介)
出版元:集英社インターナショナル
(掲載日:2016-04-10)
タグ:陸上競技 自伝
カテゴリ 人生
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武術と医術 人を活かすメソッド
甲野 善紀 小池 弘人
とらわれない発想
私事だが、亡父の故郷に祖父が建てたという一家の墓がある。近くを流れる斐伊(ひい)川の上流だかで手に入れたという大きな楕円の墓石は、およそ一般的なそれに見えない。しかも「山根家之墓」ではなく「総霊」と刻まれているのだからなおさらである。手前味噌ながら、まだ父が小さなときに亡くなったその祖父のセンスが私は大好きである。「つまらない常識とかしきたりなんかどうでもいい。固いこと言わんと、入ってきたいモンはみんな入ってきたらいいのさ」というおおらかさが感じられるからだ。おおらかさの中にも俺はこうだよという自分の立ち位置を持っているところがなおいい。
いろいろと仕組みができ上がりすぎて、こうでなきゃならんという根拠に基づく常識とやらが跋扈し、どうにも型破りには生きにくいこのご時世である。そんな社会の恩恵をも感じる一方で、平々凡々たる我が身ながら人と違った自分の価値観を大切にしたいと感じるのはそんな血が関係しているのかもしれない。
新境地を切り拓く2人
さて、武術と医療と銘打たれた本書は、武術研究家である甲野善紀氏と、統合医療を推進する医師である小池弘人氏の対談録である。武術と医療の関係性を語っているのではなく、固定観念に囚われない柔軟な発想で新境地を切り拓く物事の捉え方、考え方を語り合った内容である。
冒頭で、甲野氏が自身で辿り着き磨いた技がスポーツ界になじまないことに疑問を呈す場面がある。その理由を、固定観念からの脱却を恐れ、伝統の縛りから抜け出せない指導者の不明と断じているが、このあたりには違和感を禁じ得ない。もちろんそんな側面があることも否定はしない。しかし、たとえば流れの中で多数対多数で戦うスポーツでは個々の技は活かしにくい上に、うまく工夫して取り入れようとしても単に他によりよい方法があるのかもしれない。スポーツの現場も常によりよくなろうとしているのだ。教条主義を否定しながらも、それゆえに教条主義の香りが漂う部分でもある。
己が信じる確固たる考えを持っている場合、その思いが強ければ強いほどそうなるのかもしれない。それが、わかりやすく整理された論理によって統合医療を説明しようとする小池氏によってごく自然に軌道修正される。
中盤から後半にかけては甲野氏の独創的な身体理論を基にした武術論や、その他の社会情勢に対する押し出しの強い持論と、懐の深い小池氏の「現代医療と相補代替医療の統合された医療体系」である統合医療の考え方が、相乗効果でうまくまとめられていく。対談の妙である。
覚悟が必要
「教条」から「折衷」へ、またこの先理想とする「多元」に流れをつなごうとする現代の統合医療は「患者さん中心の立場から、包括的・全体性を重視しつつ、個々の人にあった治療法ならびにセルフケアを自らが選択する医療」という側面も持つという。自分が鍼灸師であることも無関係ではないだろうが、この統合医療の考え方には共感する部分が多い。なによりこの医療は患者に甘えを許さない厳格なシステムだという見方もできる。自分の生き方、そして死に方に対して己自身の意志で覚悟を持って向き合うことにつながるのだ。これは周りの人たちとの横並びで納得できるものではないだろう。そして誇りを持って生き抜くためには、このことはそもそも避けては通れないことなのだ。
本書に哲学者西田幾多郎の「最も有力たる実在は種々の矛盾を最も能く調和統一したものである」という言葉が引用されている。調和統一できる位置は人によってさまざまだろうが、それぞれの立ち位置を尊重しつつ己のあり方を自在に定める。まさに生き方の問題である。それにしても、さまざまな社会問題に翻弄されてはいるが、このようなことを考えられる余地のある社会に生まれたことはなんと幸運なことか。
己を定める鍛錬
再び私事ながら、干支が4周りするこの年に先駆け、昨春から長男坊を出汁に空手を始めた。幼稚園児や小学生が中心の道場で白帯を締め、汗を流して1年余りが経った。形を覚えながらも形に囚われず、力みすぎる傾向にある我が身をいかにうまく使えるようになれるか探求の日々である。目標はあれこれ技を駆使できるようになることでなく、拳の一撃を、蹴りの一撃を、どれだけ強く速く打ち込めるようになるかである。それでいい。それがいい。こんな些事が、己の立ち位置を定め、日々の暮らしを覚悟あるものにする手助けとなる。
(山根 太治)
出版元:集英社
(掲載日:2013-09-10)
タグ:武術 統合医療
カテゴリ その他
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争うは本意ならねど ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と彼を支えた人々の美らゴール
木村 元彦
大きな相手に真っ向から
かの坂本竜馬は、紀州藩船と衝突して自船を沈没させられた際、たかが脱藩浪人とたかをくくった天下の御三家を相手に、泣き寝入りをしなかった。万国公法を掲げ、大藩といえども法を超えて横車押すこと罷りならんと戦った、とされている。ここで立ち上がらねば日本の海は無法の海と化す、と考えたかどうかはわからない。金になる、と踏んだのかもしれない。流行歌を利用し、世論を味方につけたとも言われている。どことなく山師の匂いが漂うのがご愛嬌だが、大きな相手に真っ向から挑む姿は魅力的である。
さて、本書はサブタイトルに「ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と彼を支えた人々の美らゴール」と掲げる通り、現在はFC琉球でプレーを続ける我那覇選手をめぐる一連の騒動を描いたノンフィクションである。金のためでもなく、名誉のためでもなく、当事者のためだけでもなく、サッカー界ひいてはスポーツ界のために真実を明らかにせんと動いた人々の物語である。
我那覇選手に罪を着せたのは、CAS(国際スポーツ仲裁機関)の裁定が出された後でさえ自らの誤りを完全には認めなかったJリーグである。いや、その一部の幹部、あるいはそのシステムと言っていい。
ドクターたちの行動
ことの発端は、真っ当な治療行為を受けた我那覇選手の発言に関するスポーツ紙の報道である。冒頭でその状況が描写された後、当事者である我那覇選手の登場は物語中盤まで待つことになる。再登場以降の彼自身の勇気ある思考、そして行動は既知の方も多いだろうし、本書を読んで震えてもらうことにする。ここで取り上げたいのは前半に描かれるドクターたちの物語である。 自分の進退を握る大きな組織を目の前にしたとき、多くの人は「間違いかもしれないが従っておくのが身のため」というあきらめの論理で済まそうとする。しかし、そのまま捨て置けば重大な禍根を遺すと義憤にかられた当事者の1人である後藤秀隆ドクター、そしてその真意を知るJリーグのドクター諸氏は行動を起こした。ここで立ち上がらねば世のためにならぬと、サッカー界の巨大組織に敢然と立ち向かったのだ。とくにサンフレッチェ広島の寛田司ドクター、浦和レッズの仁賀定雄ドクター、この両氏の行動は昨今の社会においては奇跡だとすら感じる。
トップチームではチームドクターが存在することが今や当たり前になっているが、これがどれだけありがたいことか。現場で仕事をしていれば、多くのドクターが、その競技そしてそれに全身全霊で取り組む選手に対する愛情を原動力にしていることがよくわかる。だから「選手はチームの宝」「プレイヤーズファースト」という当たり前の概念を決して忘れないし、スポーツ競技の中央団体が主人公である個々の選手を守るために機能していないと感じれば、それを見過ごすわけにはいかなかったのだ。このサッカー界そしてスポーツ界に対する確固たる責任感が我那覇選手の背中を押すことにもなった。
ルールは何のために
また本書では我那覇選手がJリーグドーピングコントロール(DC)委員会によって意図的にクロにされた疑念がぬぐえない旨が書かれている。本書だけで判断するわけにもいかないが、私的には「いやあ、マスコミが騒いじゃったからさ~」というDC委員長の言葉に集約されているように、ことの本質や真実ではなく、世間で独り歩きを始めた情報に過敏になるあまり、権威ある存在としての自らの虚栄を守るために全てをこじつけたように思えて仕方がない。
権力を得れば人は変わりやすいのか、あるいはそのような人が権力を握りやすい構造になっているのか。いずれにせよ、権力を持つことを目的とした人が権力を持ったときに起こる悲喜劇は枚挙にいとまがない。周りの人が信頼するに足るかどうかには敏感なくせに、自分が信頼されるということに鈍感で、自らが振るう鉈の大きさを誇示して恐れ入らせることに長けている人が多いと感じるのは、立身出世に縁がない平民の妬みだろうか。そういった人は媚びへつらう連中ばかり周りに従えることになり、鉈が大きくなればなるほど重くなるのは、そこに加わる責任が大きくなるからだということを忘れてしまう。フェアプレーを矜持とする選手たちを裁く立場の人間が、どれほどの重責を持たなければならないのか。この点、サッカー界は自浄作用が働いた。残念ながら協会内部から起こったものではないが、選手会やサポーターを中心に感動的な動きが起こった。Jリーグのルールも、アンチドーピング協会のルールも、スポーツそのものを、フェアプレーに心身を捧げる選手を、裁くためでなく守るためにあるはずなのだ。
厳しい生存競争の中で生き抜こうとする選手たちは無理を承知で踏ん張らなければならないことが多い。単純には語れないが、選手本人、ドクター、トレーナー、そして監督やコーチがうまくコミュニケーションを取り、治療をしながら出場するようなリスクをどう減らすのか、これに関しても議論を続けなくてはならない。冤罪以上に悲しい結果を避けるためにも。
(山根 太治)
出版元:集英社インターナショナル
(掲載日:2012-03-10)
タグ:サッカー
カテゴリ スポーツライティング
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我ら荒野の七重奏
加納 朋子
中学の吹奏楽部が物語の舞台。正直どんなところでも物語になるもんだなと感心しました。人がそこで生きている以上、それそのものが物語であるわけですが、母親が主人公というのは意表を突かれた感じがしました。慣れないシュチエーションに戸惑いつつ読んでみると、今どきの親子関係で話が展開。私が子供のころとは全く違うし、私の子供の世代とも様子が違いそうですし、何よりも父親と母親とでは子供に対するスタンスが違いますので、異次元の物語を読んでいるような違和感を覚えつつスタート。
ところがひとたびストーリーが転換すれば疾走感のある展開が次々に待っています。冷めた気持ちで読んでいたのですが、中盤から後半にかけて物語にのめり込んでいきます。中学生の母親たちの凄まじいパワーは、恐ろしくもあり痛快でもあります。作者のたたみかけるようなストーリーの進め方は主人公のパワーと相まって読者を引きずり込むように思えました。
こんな環境はあまり好きではありませんが、物語として読む分にはこんなに面白い話はありません。結果よければすべてよし。最初はもめていた母親たちも次第に分かり合え、子供たちも成長してハッピーエンド。予想を裏切らない結末ではありますが、軽快な小説はこうでないといけません。
頑張っているおかあさんの物語です
(辻田 浩志)
出版元:集英社
(掲載日:2018-07-10)
タグ:吹奏楽
カテゴリ フィクション
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スラムダンク勝利学
辻 秀一
中・高校生のバスケットボール人気に火をつけたと言われる漫画『スラムダンク』の中に、スポーツのみならず人生に勝利するヒントがあると述べる辻氏。「根性は正しく使う」「今に生きる」「あきらめは最大の敵である」「波を感じる」など、何にでも応用のきくテーマを、スポーツを題材にやさしく説いた。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:集英社インターナショナル
(掲載日:2000-12-10)
タグ:人生
カテゴリ 人生
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痛快! みんなのスポーツ学
辻 秀一
押し絵に『じゃりン子チエ』を起用し、スポーツと健康が楽しく読めるよう工夫されている。筆者は冒頭で、「スポーツは医療であり、教育であり、芸術であり、コミュニケーションであり、困難な時代を生きる我々の救世主となる可能性がある」と述べている。そういう“スポーツ学”が根底に流れる本。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:集英社インターナショナル
(掲載日:2002-02-10)
タグ:スポーツ学
カテゴリ スポーツ医科学
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スポーツする人の栄養・食事学
樋口 満
「運動中は水を飲むな」「運動部員はごはん三杯食べるべき」といった誤解はさすがに解けているが、年齢や性別、種目やトレーニングフェーズによって食事のポイントが異なることはまだなかなか知られていない。本書はQ&A形式を交えて解説していく。自分に必要な食事の量(エネルギー摂取量)の計算方法を紹介するなど、実践につながる内容になっている。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:集英社
(掲載日:2021-07-10)
タグ:スポーツ栄養
カテゴリ 食
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ザ・ラストダイエット
木村 悠
著者は元ボクシング世界チャンピオン。現役時代に行っていた減量メソッドをまとめた。基本は白米を食べ、水を飲むこととシンプルだ。ダイエットしようとすると極端に食事量を減らしたりしがちだが、手に入りやすく食べ慣れている白米を中心に食習慣を改善する。3 食しっかり食べれば間食も減り、心身のコンディションが整う。「太り期」には身体を休めることを勧めており、無理なく実行できそうだ。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:集英社
(掲載日:2021-09-10)
タグ:ダイエット
カテゴリ 食
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ホイッスル! 勝利学
布施 努
スポーツの現場において、「本気の火を心に灯す」ということを仕事として、選手たちと日々向き合っている著者。アメリカ留学の際に手元にあったサッカー少年のマンガ『ホイッスル!』の場面を引用しながら、目標を定め、それをクリアしていくための具体的な方法、チームを形づくるためのぶつかり合いの過程、本気でなければ楽しめないスポーツの厳しさなどが丁寧に説明されている。
選手であれ、スタッフであれ、レギュラーや補欠など、立場を問わず、チームとして一丸となってパフォーマンスを発揮するために何をすべきなのか。今、この瞬間にできることを成し遂げるという力の尽くし方を教えてくれる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:集英社インターナショナル
(掲載日:2009-10-10)
タグ:指導 メンタル チームビルディング
カテゴリ メンタル
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「野球」の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか
小林 信也
少年時代野球に熱中し、作家として多くの試合や選手を取材し、現在は武蔵野シニアの監督を務める著者が、野球への思いをまとめた。野球とはホームに生還するスポーツであり、戦時中はそのために全力を尽くすことが見る者はもちろん選手自身の支えになった。長嶋茂雄の活躍に興奮を共有した。だが、現在では公園でのキャッチボールが禁止されて久しく、練習時の掛け声すらうるさいと苦情が来るという。プロ野球ばかりでなく高校野球、少年野球まで勝利至上主義になってしまった現実をあぶり出す。だが、野球の本質を教えようとする指導者もいると著者は知る。野球再生に向け、子どもたちが野球を自然に楽しめるよう考え続け、試し合おうと説く。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:集英社
(掲載日:2016-12-10)
タグ:野球
カテゴリ スポーツライティング
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我ら荒野の七重奏
加納 朋子
エンターテイメント
帯には「子供の部活なのに……頑張るのは、親!?」「笑って泣ける部活エンターテインメント」という惹句が並ぶ。主人公の山田陽子は、“ミセス・ブルドーザー”の異名を持つ多忙を極めるやり手のキャリアウーマン。目の前にあるもの全部をぶっ壊して、更地にしてしまうと恐れられているのだ。
その“ミセス・ブルドーザー”が、息子・陽介の中学校の吹奏楽部入部をきっかけに保護者会活動に巻き込まれていく、というストーリーだ。
なるほど、エンターテイメントな小説である。見事なまでのご都合主義。
そもそもが親目線の小説なので仕方ないのだが、陽子は「たかが中学校の部活動」「なんだってそこまで親がかりなわけ?」と言いながら、問題を解決し環境を整えるのはすべて親である自分。しかもその解決方法たるや、文字通りブルドーザーのごとき圧倒的力技。いやいやいやないないない…とツッコミながら、引き込まれて最後まで一気に読んだ。
子どもの自主性はどこへ
部活動については、教員の労働問題としてここ最近ある問題がクローズアップされている。多くの先生が部活動の顧問を強制的に受け持たされているにもかかわらず、“自主的活動”扱いとされ、手当がほとんど出ていないというのだ。国は教員の負担軽減のため、今年4月から「部活動指導員」を制度化し、外部指導者を学校教育法に基づき学校職員として位置づけるようになった。しかし、その待遇面に関してはほとんど進展がないようで、依然として部活動指導はボランティア活動であることに変わりないらしい。
この小説の舞台である公立中学校の吹奏楽部も保護者会によるボランティア活動で運営されている。もちろん学校からも予算が出ているし、メインの指導者こそ音楽経験のある教師だが、各パートの指導は様々な伝手で講師を依頼したり、経験のある親が務めたりしている。定期演奏会の会場確保や準備運営やスポンサー探し、また、コンクールなどの会場への生徒の引率や楽器の運搬も保護者会の仕事だ。保護者会は発言力を増し、指導者の方針や指導方法に口を出すようになることもある。顧問の先生は、保護者会を敵に回しては部活動自体が成り立たないので、無下にはできなくなってくる。親が熱心に応援したり手伝ったりすればするほど、教師や生徒への要求はエスカレートしてゆく。子どもたちの自主的な活動であるはずの部活動なのに、優先されるのは周囲の大人たちのプライドやエゴだ。
「たかが中学校の部活」で、それを支えるべき親同士が保護者会内での勢力争いを繰り広げる。陽子自身も、子どものためというのはきっかけに過ぎず、自らのプライドのために戦っているのではないか。もちろん、面白おかしく誇張されたフィクションではあるのだが、部活動の主体であるべき子どもたちが置き去りにされているように感じる。
入部当初、トランペットに憧れて吹奏楽部に入った陽介が涙ながらに陽子に訴える。「トランペットはダメだって言われた。ファゴットというのやれって」。それが「陽子の内にある、闘争心という名のダイナマイト」に火を点け、即刻顧問にねじ込みに行ってしまう。とんでもないバカ親っぷりである。
しかし物語のラストで、陽子は子供の自立が親の望みなのだということ思い至る。やや唐突な感じは否めないのだが、このラストはよかった。
部活動のよい面
とかく批判されがちな部活動というシステムだが、よい面もたくさんあると思う。前述の通り、陽介の担当楽器はファゴット。自身の希望に反して割り当てられた楽器ではあったが、少しずつその魅力に気づき、いつしか管楽器のリペアマンになりたいという夢を持つようになった。「ぼくは自分でそんなに才能ないのはわかってるけど、でもファゴットが好きだから。演奏人口も少なくて、だからわからないことや困ることも多くて……それでもいろんな人に助けられてきたんだ。だからぼくも、誰かを助けてあげられたらって思って。」
これは、部活動というハードルの低い活動ならではのことだと思う。中学・高校は、子ども時代の終わりであり大人時代の始まりでもある。その多感な時期に、様々な価値観に意図せず触れられるチャンスが部活動にはある。それこそが部活動の教育的価値ではないだろうか。
(尾原 陽介)
出版元:集英社
(掲載日:2017-08-10)
タグ:吹奏楽
カテゴリ フィクション
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スポーツする人の栄養・食事学
樋口 満
あまり勉強してこなかった疎い分野だったので、新しく知ることが多かった。普段のご飯の食べ方、スポーツドリンクの取り方や、1日のエネルギー摂取量の求め方など、網羅的な情報が一冊にまとまっていて助かる。
・必須アミノ酸のうち、牛肉やサケ、牛乳に多く含まれるロイシンに、バリン、イソロイシンを加えた3つは「分岐鎖アミノ酸(BCAA:Branched Chain Amino Acids)」と呼ばれ、筋肉づくりにとても重要な役割をしている。
・牛乳に含まれる約3.3%のたんぱく質の80%がカゼイン、残りの20%がホエイ(乳清)で、いずれも筋たんぱく質の原材料になる。このホエイには分岐鎖アミノ酸が多く含まれていて吸収もスムーズなことから、練習や試合の後にできるだけ早く牛乳を飲むと筋肉の回復を促してくれる。
・大豆イソフラボンは、大豆胚芽に多く含まれているフラボノイド(色素成分)の一種で、閉経によって激減する女性ホルモンのエストロゲンに似た作用をもち、骨量の減少を抑える働きがある。大豆イソフラボンがもっとも多く含まれる食品はきな粉、ついで豆腐、納豆、煮大豆、味噌、油揚げ、豆乳などがある。
・必須脂肪酸であるオメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸は共通して心疾患のリスクを低下させるだけでなく、オメガ3は脳の発育にも重要な役割をはたし、認知症の症状改善の期待が高まっている。オメガ3脂肪酸は植物性油、クルミ(α-リノレン酸)、青魚のDHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)などが含まれ、中性脂肪値を低下させる作用がある。オメガ6脂肪酸(116系脂肪酸)には、植物油やマヨネーズに多く含まれるリノール酸、肉、魚、卵、肝油などに含まれるアラキドン酸、月見草油など特殊な植物油に含まれるγ-リノレン酸などがある。
・国際オリンピック委員会のサプリメントに関する合意声明で、効果が認められているのは「カフェイン」「クレアチン」「硝酸塩」の3つ、カフェインをもっとも含む飲料は、玉露(日本茶)のほか、コーヒー、紅茶、煎茶、ウーロン茶など。クレアチンは、クレアチンリン酸として骨格筋に存在し、瞬発力を高める働きをする。硝酸塩はNO(一酸化窒素)の生成を促し、骨格筋への血流量増大などが見込める。
やせ・月経異常・貧血・骨粗鬆症など、女性特有の問題や、ジュニア、ミドル、シニア世代特有の問題と対処法についても触れられ、競技種目別にもページが割かれている。ほかに、過度な運動のデメリット、たとえば免疫機能が低下し、風邪をひきやすくなる(オリンピックの大会中のアスリートでもっとも多い訴えらしい)、酸化ストレス(活性酸素)によって細胞の働きが低下することで、疲労感につながることなどは興味深かった。スポーツも栄養も「過ぎたるは及ばざるが如し」ということだろうか。
以下の内容がとくに面白いと思った。
・ヨーロッパのサッカー選手を対象に、糖質の摂取量の違いが試合での動きにどのような影響を及ぼしたかを調査した報告(Kirkendall DT, 1993)。試合前に糖質をしっかりとって筋グリコーゲンレベルが高い選手と、糖質をあまりとらずに筋グリコーゲンレベルが低い選手の1試合での移動距離を比較したところ、前者が12km、後者が9.6kmと2.4kmの差が出た。試合中の動き方も、前者の場合、走っている(ジョギング&スプリント)割合が8割、歩いている制合が2割に対して、後者の場合は、双方の割合がほぼ同じという結果が得られた。
栄養素がパフォーマンスに大きく関わっていることが見てとれる。
(塩﨑 由規)
出版元:集英社
(掲載日:2022-05-16)
タグ:スポーツ栄養 食事
カテゴリ スポーツ栄養
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