サクリファイス
近藤史恵
主人公はプロのロードレースチームに所属する青年、白石誓。彼は陸上選手として期待されながら突然陸上を引退。たまたま知ったサイクルロードレースの、自分が勝つために走るのではないアシストというシステムに惹かれ、自転車競技に転身した。
主人公の所属するチーム、オッジはベテランのエース石尾を中心にレースを戦い、他の選手は彼をアシストすることで役割を果たす。主人公はエースを勝利に導くアシストという役割にやりがいを感じながら、自転車競技を戦っていく。ところがエースの石尾は3年前に自分のライバルともなろう若手を、事故によって再起不能にしたという噂があった。そんなある日、ヨーロッパ遠征中に石尾が事故にあって死亡してしまった。なぜ事故が起きたのか? それは、3年前の事故と結びつくことがあるのか?
青春スポーツ小説とミステリーの奇跡の融合。サイクルロードレースというものを知らなくてもどんどん読み進めることができ、自転車の魅力を感じることができる作品だ。
(大内 春奈)
出版元:新潮社
(掲載日:2011-12-13)
タグ:ロードレース ミステリ
カテゴリ フィクション
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夢を見ない男 松坂大輔
吉井 妙子
野球をあまり知らない人でも、松坂大輔という名前は一度は耳にしたことがあると思います。甲子園春夏連覇、決勝戦でのノーヒットノーラン、日本球界での数々の記録、60億円というプロ野球史上最高額でのメジャー移籍、WBCでのMVP獲得、「松坂世代」という言葉まででき、平成の怪物、世界のエースとまで言われた選手です。
しかし、18歳でプロ入りし、常に注目される中での苦労、移籍の際の自分の力ではどうにもならない苦しみ、もどかしさ…。本書は天才アスリートと言われる松坂大輔投手の強さ、考え方、また一緒に歩んできた人、支えてきた人、影響を与えた人、そして野球選手としてだけでなく「人間:松坂大輔」の魅力についても書かれています。
横浜高校時代から松坂投手に注目し、松坂投手の真似をしていた私にとって今までと違った「松坂投手」に出会えた一冊です。
(大洞 裕和)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-01-18)
タグ:野球 ノンフィクション
カテゴリ 人生
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ろくろ首の首はなぜのびるのか
武村 政春
でたらめも真顔で力説すれば真実に聞こえる──世の中にはそういったことがいくらでもあります。そういった嘘に騙されないために勉強し、正しい情報や知識を得ながら、人は大人になっていきます。真偽の見極めができる大人が、真実ではないということを承知の上で嘘を楽しむことができれば、これは1つの遊びになります。現実的にはありえないことを筋道立てて展開することにより成立する文化は、いくつも存在します。小説もしばしばそういった手法をとりますし、架空の話に笑いという要素を含めると落語にもなります。言語ではなくものを使って虚偽を表現する手品も同じだと思います。真実は大切ですが、「真実ではないこと」のすべてが悪いということではありません。そこに遊び心があれば人々の心の潤滑油になることは皆さんご承知でしょう。
前置きが長くなりましたが『ろくろ首の首はなぜ伸びるのか』というタイトルは多くの人の興味を引くでしょう。ろくろ首は妖怪という架空の生き物(死んでいるかもしれません)であり、夜中に首が伸びて行灯の油を舐めるというストーリーは有名です。首が伸びるという摩訶不思議な現象について具体的な解説があるのならば一度は聞いておきたいと思うのは自然なこと。もともといるはずのない生物の実体を解明するという矛盾を容認する遊び心があれば、荒唐無稽な論理も楽しめるというのが本書の魅力だと思います。
大人を騙そうというのですから、子どもだましではいけません。きちんとしたデータに裏づけされた整合性のある論理でないと読むに値しません。しかしご安心ください。各項目において生物のデータ、きちんとした科学的事実などを提示したうえで筆者による考察が展開されていきます。ここまで堂々と現実世界にないことを推論されると「なるほど」と相づちを打たざるを得ません。子どもの頃、疑問に思っていたことも謎解きされて、数十年たった今、胸のつかえが取れました。
本書における登場人物は実に多彩。日本を代表してろくろ首・豆狸・かまいたちなどが登場したかと思えば、ドラキュラ・人魚・ケンタウロスなど西洋の物語に出てくる架空の生き物にまで話が及びます。古典的なものだけではありません。モスラや「千と千尋の神隠し」のカオナシまで登場します。ドラキュラは日光に当たると灰になるのはなぜか? ケンタウロスの持つ人間の胴体と馬の胴体。その中にはいったい何が入っているのか? ろくろ首の頚筋群の細胞はどのような構造を持つのか? 巨大化したモスラの悩みとは? とにかく奇想天外な切り口で彼らの正体を暴きます。
底の浅い適当な理屈ではありません。用意周到というか膨大な資料を元にした研究結果といえるまでに昇華したでたらめです。力強く引き込まれました。
(辻田 浩志)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-02-15)
タグ:生物学
カテゴリ 人生
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マネジメント信仰が会社を滅ぼす
深田 和範
どちらが主役か
本書は冒頭で「マネジメント」と「ビジネス」をこう定義している。「ビジネス」=何らかの事業を行うこと。「マネジメント」=事業をうまく運営すること。企業活動で言えば、何かをつくるなり売るなりして利益を得ること、つまり「何をやるか」がビジネスであり、それを最大化、安定化させるために「どのようにやるか」がマネジメントである。従って、あくまでも主役はビジネスであり、マネジメントは黒子である。「何を当たり前のことを」と思われるだろう。そう、このことについて、異論のある人はまずいないのではないか。
ところが現実はそうではないらしい。マネジメントによってビジネスが抱える問題を全て解決できるという思い込みが広がっている。そのため、営業や製造の現場の第一線でビジネスを行っている人よりも、企画や人事など本部でマネジメントを行っている人のほうがエラクなっており、主従が逆転してしまっているのだ。これがタイトルの「マネジメント信仰」である。決して、昨今の「もしドラ」(「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」、岩崎夏海著・ダイヤモンド社)ブームに対するいわゆるカウンター本でもなく、マネジメントを全否定するものでもない。「マネジメント信仰」について警告を発する本である。
ただ真似るのはなぜ
これは何もビジネスに限ったことではないだろう。スポーツの現場においても同様である。強いチームの練習方法や運営方法、本に書いてあるトレーニング方法など、手法をただ真似るということは、よくあることだ。そして、それで満足してしまい、本来の目的を忘れてしまう。
なぜ、こういうことが起こるのだろう。答えは簡単。ラクだからである。すでにどこかで誰かが実践してみて、うまくいった手法というのは、自分もうまくいくという保証があるように錯覚してしまうのだろう。本書を読み始めた頃は「あるある、こういうこと」と面白がっていられるが、だんだんそうも言っていられなくなる。私は「これはウチの会社のことでは?」と錯覚したり、「管理部門に読ませたい」と感じた。本書を読んだ多くの人もそう思うはずだ。会社や上司のことだと思っていられるうちはまだいいが、「自分のことかも…」と思う箇所もあり、読み進めるのが怖くなる。
本書では、徒にデータや理屈を振り回す「真似ジメント」ではなく、「経験と勘と度胸」で勝負すべしということが書かれていて、その具体例として、うまくいった事例、失敗した事例がいくつか紹介されている。しかし本書の目的は、結果とそれに至る経緯を評価することではない。本書は「マネジメントが下手だからビジネスがダメになったのではない。マネジメントなんかにうつつを抜かしているからビジネスがダメになったのだ」という主張で始まり、「マネジメントなんて小難しいことを言っていないで、さっさとビジネスを始めよう」という訴えで締めくくられている。一貫して「意思を持て」「決断せよ」「リスクを引き受けよ」と読者に迫ってくるのだ。
信じる道を
私は小学生の陸上クラブの指導をしているのだが、常に不安を感じている。彼らの、一生に一度しかない「今」を、そして無限の未来を、私の拙い指導で台なしにしてしまうのではないだろうかという不安である。だから、あれこれ理屈をつけて、あらかじめ逃げ道をつくっているのではないのか。指導方法やトレーニング方法を勉強したり、データを集めたりするのは、子どもたちのためでなく、自分を守る理論武装のためではないのか。本書を読んで「自分のことか?」と感じるのはそういうことである。
「もしドラ」で描かれているように、ドラッカーの言う「われわれの事業は何か。何であるべきか」「顧客は誰か」の問いは、企業に限ったことではなく、あらゆる分野のあらゆる組織に普遍的なものだと思う。
何のために、誰のために、何に向かって。スポーツに関わる一人一人がその問いに向き合い、自分なりの答えを探してほしい。そして勇気を持って自らの意思で決断し、信じる道を突き進んで行かれることを願う。
(尾原 陽介)
出版元:新潮社
(掲載日:2011-06-10)
タグ:マネジメント ビジネス 組織
カテゴリ 人生
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やめないよ
三浦 知良
根本的な解決策は
ごく身近な中学生の女の子が、一部の人間たちの悪意のある言動によって深く傷つけられ学校に行けなくなった。周りを気遣うやさしくおとなしい子である。誰にも迷惑をかけず、ただまともに生きようとしている子たちがターゲットになるこのような例は、悲しいことに珍しくない。本人へのサポートや、そういった行為をする者たちへの働きかけにより、この状況を改善することは、簡単ではないにしろ可能だろう。
しかし、本人が時間をかけてそのような状況にも向き合える自己を確立することが、根本的な解決法になる。自分を否定して変えるのではなく、自分を肯定することからこれをスタートするには、何か大好きで、大切にしたいことがあれば大きな助けになるのだと思う。
スポーツの枠を飛び出す言葉
本書は、プロサッカー選手三浦知良氏による日本経済新聞連載のコラム「サッカー人として」を過去5年分まとめたものである。ザ・プロサッカー選手キング・カズは実に26年目のシーズンを戦っている。サッカーを愛し、サッカーを通じて強烈な自己を創り上げてきた三浦氏の言葉は、スポーツの枠を飛び越えて活き活きと響いてくる。プロとして「楽しむ」ことは簡単なことではない。「24時間全てがサッカーのため」だと考え、精一杯戦い続ける。「基本を押さえ」た上で「いつの瞬間だって挑戦」することが大切。これらはただの言葉ではなく、彼の実際の行動で証明されているだけ、より鮮烈に心に届く。確固たる自己があるからこそ、敵選手をはじめ、他のスポーツ選手へのリスペクトも自然に湧いてくるのだろう。
もちろん、彼のようなスーパースターになれるのはごく限られた人間だ。しかし、まるで物事のいいところしか眼に入らないスーパーポジティブ人間のように見える彼も、人一倍の艱難辛苦を乗り越えてきているのだ。「人生は成功も失敗も五分」で、「あきらめる人とあきらめない人の差が出る」という話からもわかるように、上を目指せば目指すほど、ぶつかる壁は多かったはずだ。それらに真っ向から立ち向かったからこそ強い精神力が、さらに並外れたものにまで鍛え上げられたのだ。そんな生き様の彼を真に理解し、助けてくれる本当の仲間も周りに大勢いるだろう。
自分の中に育てる何か
問題が起こったときに他人のせいにし、言い訳をする前に、自分を省みてどうすれば自分がレベルアップできるのかを考え努力を重ねる。まっとうな批判であれば自分を見つめ、向上させるきっかけにする。愚にもつかない嫌がらせであれば凛として対応する。このようなことは頭ではわかっていても実際になかなかできることではない。そうしようとしたときにかえって弱い自分を痛感するかもしれない。辛い時期ならこんなことすら考えられないかもしれない。
それでも何でもいい。人から見れば小さいことだと思われてもいい。自分にとって大切な何かを育てることができれば、人は少しずつでも強くなれるのではないか。そしてその中で信頼できる本当の仲間ができるのではないか。目の前の小さな目標に向けて、毎日の積み重ねを続ければ、「自分の強い所で勝負する」ことができるようになるのではないか。
自分らしい強さを身につけたとき、社会に出てからもあちこちに存在する、自分の身を守るために嘘をつき、自分を大きく見せるために人をこき下ろそうとする心ない人間のことなど怖くなくなる。そしてみなそれぞれの「ゴラッソ」(素晴らしいゴール)を決めることができる。「考え、悩め。でも前に出ろ。1センチでいいから前へ進むんだ」三浦選手の胸に今も残る言葉だそうだ。
(山根 太治)
出版元:新潮社
(掲載日:2011-05-10)
タグ:サッカー エッセー
カテゴリ 人生
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頂上対談
ビート たけし
13人のゲストとの対談集。うち5人がスポーツ。長嶋茂雄、中田英寿、長谷川滋利、桜庭和志、古田敦也である。
ビートたけしは、映画監督・北野武でもあるが、草野球チームを持ち、最盛期は年間150試合以上をこなしたという。本人はピッチャーで120kmは出るというから大したものではある。
気軽に読めるが、相手がビートたけしなので、対談相手の意外な面を知ることができる。サッカーの中田選手とは野球の試合をやったあとの対談。
たけし:三角形の駐車禁止みたいなカラーコーンがあるよね。その間をパスしながら、「あんた走って行きなさい」っていう練習よりも、四人で球取り合いしたほうがいいと思うんだけれどな。あのコーンは何だ、あの間を抜けるようなゲームがどこにあるんだ(笑)。縦に選手が並んでいるわけがねえだろうって。
中田:練習をおもしろくするということを、ほんと知らないですよね。おもしろくやることがどんなに効率いいかってことを全然わかっていない。言われたことを一生懸命やって、いい結果が出るとは限らない。(P.119より)
軽く読めて、結構面白くためになる。長谷川選手のメジャー話、古田選手のキャッチャー話、桜庭選手のトレーニング話、長嶋元監督はもう言うまでもない。対話もスポーツだとわかる本である。スポーツ医学に関わる人にもおすすめと思い、紹介。
四六判 286頁 2001年10月20日刊 1300円+税
(月刊スポーツメディスン編集部)
出版元:新潮社
(掲載日:2001-12-15)
タグ:サッカー 野球
カテゴリ 指導
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こころと体に効く漢方学
三浦 於菟
東邦大学附属大森病院・東洋医学科教授の三浦氏が、漢方学の基本と実際を紹介した本。第1章「漢方外来へようこそ」では便秘、下痢、風邪、更年期障害、花粉症など症状別に患者との問診のやりとりを再現し漢方の処方例を挙げ、第2章「東洋医学の生命観」ではその考え方を、第3章「Q&Aあなたの悩みに漢方学が答えます」ではさまざまな患者の悩みと、東洋医学的なアドバイス方法を記している。
現代はストレスの多い時代と言われているが、こころの問題がからだに影響を及ぼしていることは多くの人が実感しているだろう。漢方を始めとする東洋医学では、年齢や生活習慣、季節、住環境などの要因から、こころの問題を含めてひとりひとりの体質・症状に合わせた治療を施し、症状を起こさない、つまり「未病」のうちに「養生」して健康を維持する手助けをしてくれる。
からだの不調はあるけど、病院に行くほどではない。しかし、気になる。漠然とした不安やつらさを持っている人には、まず手にとってほしい本である。
2005年5月25日刊
(長谷川 智憲)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-09)
タグ:東洋医学 漢方
カテゴリ 身体
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はり100本
竹村 文近
「指一本でも楽になってもらうために全力をつくせ」。師事していた関卓郎氏のこの教えを実践している鍼灸師の竹村氏の著書。鍼灸の効用、実際の治療の流れをから、これまで鍼を刺してきた人々の話、恩師の言葉、鍼灸師のあり方まで多岐にわたって綴っている。副題は『鍼灸で甦る身体』。
竹村氏は、現代人は鍼応えがないと言い、そのからだを「鬱の身体」と表現する。本来、適度な抵抗があるはずの身体が「まるで豆腐に鍼を刺すように、ぷすぷすと何の手応えもなく鍼が通ってしまう。あるいは、逆に、生ゴムのようにネチネチとした、きわめて不快な必要以上の抵抗感がある」とのこと。腰痛や肩こり、胃もたれ、女性の生理不順など、治療に訪れる人が持つこれらの症状は、いずれも身体の鬱が原因と指摘する。
その鬱を取り除く最も効果的な手段の1つが鍼灸であり、本書には各界の著名人を含めた治療の実例も紹介されている。著者のからだへの深い洞察には驚かされるばかりで、ぜひ読んでほしい一冊である。
2006年5月16日刊
(長谷川 智憲)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-11)
タグ:鍼灸
カテゴリ 東洋医学
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脳のからくり
竹内 薫 茂木 健一郎
新潮文庫の1冊。サイエンスライターの竹内薫氏が脳の「超」入門書として書いたもの。うち1章は脳科学者の茂木健一郎氏が書き、全体の監修も行っている。
脳科学は急速に進歩している分野のひとつ。それでもまだわからないことがたくさんある。
今、どれくらいのことがわかっているのか、「超」入門とはいえ、内容は確か。脳の構造はもとより、ゲーム脳、脳の視覚、脳のニューラルネット、壊れた脳、クオリア問題、そしてペンローズの量子論など、最先端科学が解説されていく。
ちょうど真ん中あたりで、チャーマースの「サーモスタットにも意識がある」という言葉が出てくる。「脳のつくりだす意識も、メカニズムは複雑かもしれないけれど、結局は、『ネットワーク上のエネルギーの相互作用』が原因」と科学的に考えていくと、サーモスタットにも意識があり、コンピュータやロボットとなると当然意識があるということになる。これは一部科学者にとっては常識でもあるとか。
それで納得がいくこともいろいろあるのではないか。気になる人はぜひ読んでいただきたい。
2006年11月1日刊
(清家 輝文)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-11)
タグ:脳
カテゴリ 身体
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素晴らしき日本野球
長谷川 滋利
本書では長谷川氏の経験を通し、決して断定的に日本とアメリカの野球について語ることなく、冷静に、その違いや特色を述べている。そのなかで同氏は日本に帰って久しぶりに甲子園で高校野球を見たときのことをこう語る。「とても好きだが、問題はある。」
日本とアメリカの選手を育てるシステムの最大の違いは「精神面」これは守備とか、配球などではなく、宗教的な部分での違いが明らかだそうだ。日本の高校野球ではダッシュを100本という練習があり、フィジカル的にはあまり意味のある練習とは思えないが、メンタル的にはそれなりに意味があったかもしれない。
また技術の面でも長時間の練習を通して自分の「形」を探っていくのは日本独特で、そういう面に関して言えば徹底した個人主義であるそうだ。そこが日本野球の独特の強みでもあり、技術面に優れたイチロー選手が生まれたのもそういった土壌があったからだという。だが専門的な練習を繰り返すことは本来持っている能力や筋力を眠らせている可能性もあり、“専門家”になるデメリットも挙げている。それに比べてアメリカではいろんなスポーツを経験しプロスポーツ選手になっている人も多い。スポーツを行っていると偏った環境になりがちであるがゆえに見習うべき点があることも事実。
日本とアメリカでの野球経験者だからこそ書ける「素晴らしき野球」。読んでみる価値は十分にあります。
2007年4月25日刊
(三橋 智広)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-12)
タグ:野球
カテゴリ 人生
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医療の限界
小松 秀樹
まず本書を手にとる前に知ってもらいたいことは、この本は医療事故そのものについて語られるものではなく、事故の報道に関する論理について語るものである。
昨今、医療をめぐる事故がメディアで大々的に取り扱われるようになった。それを機に社会の医療に対する態度が大きく変化してきたと小松氏は語るが、それら医療を一方的に非難する社会のあり方についても「人間の死生観が失われた」と危惧する。つまり現代は不安が心を支配し、不確実なことをそのまま受け入れる大人の余裕と諦観が失われたと、この本では書かれている。実際に医療の現場では、こうした社会背景を受けて勤務医や看護師が現場を離れつつあり、現場と患者との軋轢は医療崩壊を招いている。
また現代社会は医療崩壊だけでなく学校崩壊まで叫ばれ、それは根本に、現場だけに原因があるのではないと改めさせられるだろう。今1つの問題に対して、社会はどのような姿勢でいればよいか。
2007年6月20日刊
(三橋 智広)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-12)
タグ:医療
カテゴリ 医学
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奇跡の脳
ジル・ボルト・テイラー 竹内 薫
アメリカで50万部の大ベストセラーとなった話題作。NHK BSハイビジョンで、2009年3月24日と4月2日、ハイビジョン特集「復活した“脳の力”~テイラー博士からのメッセージ」という番組も放映され話題となった。本書を一言で紹介するとしたら「脳卒中からの復活記」である。ただし、脳卒中から復活した著者のジル・ボルト・テイラーさんは脳解剖学者(神経解剖学者)だったという点が、より読者の興味をそそる。
脳の専門家が脳卒中になったら、どう感じ、どう復活していくのか、脳卒中の回復には何が必要なのかが、専門家として培った脳に対する知識と脳卒中患者当事者の両視点から書かれている。本書はおおまかに、脳卒中になる前の人生、そして脳卒中になったときの状況、脳卒中からいかに回復して神経解剖学者として復活したか、そして脳卒中が脳について教えてくれたことの4つの話の内容に分けられる。「脳卒中の体験から多くのものを学んだせいか、なんだかこの旅が幸運だったと感じるようになりました」(P.214)とあるように、全編決して悲観的な内容ではなく、自分や身内が脳卒中になっても本書を読んでいれば、脳の再生へ向けて希望を持つことができるように思えてくる。すべての人たちに読んでほしい1冊。
2009年2月25日刊
(田口 久美子)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-13)
タグ:脳 脳卒中
カテゴリ 身体
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先を読む頭脳
羽生 善治 伊藤 毅志 松原 仁
羽生名人と2人の科学者による「先を読む」ことを解明しようという本。羽生氏に行ったインタビューを文章にし、それに対して人工知能的立場の松原氏と認知科学的立場の伊藤氏が解説していくという構成である。
「人間のような知的な振る舞いを機械に代行させたい」というのが人工知能に対する人類の夢で、認知科学は「人間の様々な知的活動のメカニズムを解明しようとする分野」とのこと。この両者の専門家が「先を読む」という視点で、「ハブにらみ」の棋士の協力を得て、本書が成立した。
さて、将棋を科学的にみるとどうなるか。「二人完全情報確定ゼロ和ゲーム」である。詳しくは本書のP.9を参照していただきたいが、お互いに相手の手が明かされているし、サイコロを振るといった不確定な要素がなく、勝敗が明確という意味になる。
それにしても、羽生さんのすごさ、そして将棋の特殊性。それは取った相手の駒を使えるということで、チェスが収束していくのに対し、「将棋は終盤に向かって発散する」。
スポーツにも科学にも関係する本なのである。
2009年4月1日刊
(清家 輝文)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-13)
タグ:脳科学
カテゴリ 身体
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強い者は生き残れない 環境から考える新しい進化論
吉村 仁
本書は、環境という面から生物の進化について深く考察したものである。
環境の変化としては身体面や用具が大きく改善していき、ルールも頻繁に変わっていくという現状がある。これは、生物にとって常に変化しつづける環境への適応と似通った方向性が、各チームや個人に求められるということでもあるだろう。すなわち、生き残るのは強い者、つまりその時点での環境に完全に適応した者ではない。真に生き残るのは、環境の変化にしなやかに対応できる者ということになる。ビジネス面での危機感を述べた経営者の言葉が紹介されているが、スポーツの世界においても、最も強いチームや個人が毎年勝ちつづけるというのは、なかなか難しい。進化学や生物学の分野の書籍ではあるが、ライバルに打ち勝とうと日々努力が重ねられているスポーツにおいてもヒントとなるだろう。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:新潮社
(掲載日:2010-03-10)
タグ:進化
カテゴリ その他
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本番で負けない脳 脳トレーニングの最前線に迫る
善家 賢
土壇場での心理状態は
バンクーバー2010オリンピック冬季大会で、選手の頑張る姿に手に汗を握り、時には涙があふれるくらい感動したという人は多いだろう。見ているだけで押さえきれずに感情があふれるのに、あんな土壇場でのアスリートの心理状態はどんなものかと想像し、それだけで胸が熱くなった人もいただろう。
脳トレーニングという側面から、本番で実力を発揮するためにどうすべきなのかを解明しようとする本書は、NHKの報道番組ディレクターによるものである。構えて読んでしまうと言うと、意地が悪いだろうか。いずれにせよ、テレビ番組として絵になるニューロフィードバックという1つの手法に偏重しすぎていることや、メンタルトレーニングと脳トレーニングが別モノであるかのようなスタンスが垣間見えることは残念である。しかし、日本のスポーツ界が今後解決すべき科学的心理学的サポートに関する問題提起としてはおもしろい。確かに目に見えるわかりやすい指標を用いるほうが、メンタルトレーニングもより効果的に行えるだろうし、より広く普及するのではないか。いずれにせよ、心理トレーニングはアスリートの基礎トレーニングの1つとしてより広く定着すべきだろう。
カナダの強化プログラム
本書でも紹介されているように、地元バンクーバーでのオリンピックに向けて、カナダは国家戦略としてアスリートの強化を続けてきた。過去2回の地元開催オリンピックで、金メダルを1つも獲得できなかったことが発端である。心理学的なアプローチも強化され、14人のスポーツ心理学者が強化プログラムに取り組んできたことが地元紙でも紹介されている。サイコロジーという言葉を使うと、心理的障害に対処するという印象がぬぐえないため、メンタル・パフォーマンス・コンサルタントという名称で活動したとのことだ。ビジュアライゼーション、メディテーションや深呼吸エクササイズ、ポジティブ・リフレイミング、セルフトーキング、そしてそれらの効果を客観的に確認できるニューロフィードバックを含めたバイオフィードバック。これらを用いて本番でZONEとも呼ばれる境地に至るようトレーニングしてきたのだ。結果、金メダルの獲得数が14個と大会1位に輝いた。実に前回のトリノオリンピックで獲得した数の2倍である。
今大会、カナダの金メダル第1号になった男子モーグルのAlexandre Bilodeau選手もその恩恵を受けた1人である。ただ彼を担当した心理学者は金メダル獲得への貢献度に関して、「一部を担っていることは確かだが、コーチ、ストレングス・コンディショニングトレーナー、理学療法士やその他治療家、そして実業家や経済のエキスパート集団がトップアスリートを支援するスポンサープログラムであるB2Tenなど、すべてのサポートメンバーと貢献度において何ら変わるところはない」と謙虚に語っている。目新しいひとつの手法に対して盲目的に飛びつき、流行モノをつくるような大衆心理で取り入れるのではなく、資金調達とその有効利用も含めて、地に足をつけたトータルサポートシステムをさまざまな専門家が協力し合って構築し、実践することが重要だと言うことだ。加えるならそれを広く裾野へも還元して標準化することで次世代へのサポートにもなるだろう。
大切なこと
顔にはまだ幼さすら残るBilodeau選手の金メダル獲得後のインタビューを聞くと、もう1つ大切なことが見えてくる。彼の言葉は自分の周りにいてくれるすべての人々によるサポートへの感謝で満ちていた。家族の話が出たときに思わず涙ぐんでいた彼は、脳性麻痺の兄からたくさんのインスピレーションをもらったという。障害を持ちながらそれでも不平を言わず前向きな兄に驚かされてばかりで、人間の限界とは何だと考えるようになったと、別のインタビューでも答えていた。与えられた環境に不満を抱き自分で限界を決めてしまうのではなく、己に与えられた力を最大限に伸ばし、活かすことだけ考えることを学んだ、と。すべてのトレーニングは彼の生き方に影響を与え、彼の生き方はトレーニングの効果、ひいてはパフォーマンスに影響を与えたのだろう。
普段の何気ない日常の中でも、よりよく生きようと覚悟を持ち行動すれば、それが自然に人を強くする。オリンピックレベルのアスリートでなくても同じことだ。生き方そのものが、土壇場を迎えたときの身の処し方、メンタルプリパレーションのトレーニングになるはずだ。
(山根 太治)
出版元:新潮社
(掲載日:2010-05-10)
タグ:トレーニング メンタル カナダ
カテゴリ メンタル
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素晴らしき日本野球
長谷川 滋利
近年、多くの日本人プロ野球選手たちが米・メジャーリーグで活躍し好成績を残している。本作は元メジャーリーガーの1人である長谷川氏が書き下ろした1冊である。ワールドベースボールクラシック(WBC)の開催などもあり、野球への関心が増している昨今であるが日本野球界、米・メジャーリーグをともに経験した著者による一味違った野球界の見方ができるものになっている。
プレーオフの導入についてもメジャーと日本野球との相違点から長短所について解説され、フリーエージェント(FA)やドラフトの制度、問題点なども米・メジャーリーグと対比させながら述べられている。
現代では米・メジャーリーグと日本野球は切っても切れない関係であり、日本野球がさらなる発展を遂げるために日本野球の素晴らしさや問題点の理解を深めるには有効なツールとなるだろう。
(池田 健一)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:野球
カテゴリ 人生
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黒人はなぜ足が速いのか 「走る遺伝子」の謎
若原 正己
ACTN3(αアクチニン3)やACE(アンジオテンシン変換酵素)などの遺伝子のほか、ミトコンドリア遺伝子なども取り上げながら、中・長距離は東アフリカ勢、短距離走はカリブ海勢が強いのはなぜか、を追求している。
たとえば長距離走についてはケニアのカレンジン地方において「酸素の少ない高所で長時間走る」環境により選択された身体内部の生理学的な遺伝要因に加え、手足の長さなどの形質的な要因が組み合わさって、全体として適応進化したのではないかという推論を述べている。
多くの研究にあたって丁寧な解説が加えられており、遺伝子とスポーツに関する数多くの話題が紹介されている。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:新潮社
(掲載日:2010-12-10)
タグ:遺伝子
カテゴリ 身体
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あの一瞬 アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか
門田 隆将
アスリートの本紀と列伝
ある人物の一代の事績を記録した書物を「紀伝」という。皇帝や王といった天下人を中心とした「本紀」と、人臣について書き連ねた「列伝」の下の文字を合わせた言葉であるという。簡単に言えば、人物の成したことを書き連ねたものだが、魅力溢れる人の生き様というものは、読む人の心を震わせる。綿密な取材資料に作家の創造力による脚色が施され、あくまでもフィクション作品としてではあるが、歴史小説が広く読まれるのはそのためだろう。
アスリートは現代における紀伝の素材としてふさわしいもののひとつだ。紀伝を曲解して、本紀をスポーツ界の頂点に立った者の物語、列伝をそうではない者の物語としたとしても、それぞれが相補ってこそドラマが成り立つことに間違いはない。本書には、さまざまな競技のアスリートにまつわる10の本紀および列伝が綴られている。著者は週刊新潮の副部長まで務めたジャーナリストであり、「なぜ君は絶望と闘えたのか」をはじめとした幅広いジャンルでの著作を持つノンフィクション作家の門田隆将氏である。
アスリートに対する尊敬と愛情
古くは、戦前から始まる怪物スタルヒンの数奇な人生から、北京オリンピック女子ソフトボール金メダルにまつわる世代を超えたドラマまで、さまざまな時代、さまざまな競技における「奇跡」が読み応えのある物語となっている。その緻密な構成や読者を引きつける演出には、アスリートに対する著者の尊敬と愛情の念が散りばめられている。本書のあとがきにもあるように、アイルランドの詩人オリバー・ゴールドスミスの言葉である「われわれにとって最も尊いことは、一度も失敗しないということではなく、倒れるたびに必ず起き上がることである」という人生の格言を、どの物語の登場人物も思い起こさせてくれるのだ。
彼らは決してすべてにおいて超人的な力を持つわけではない。それでも「奇跡」を起こす彼らの軌跡は、アスリートとしてだけではなく、1人の人間として尊いものなのだ。本紀となるのか列伝になるのか、そんな結果は問題でなく、ただただその生き様に魅了される、そんな想いが伝わってくる。とくに最終章、松井秀喜を5敬遠した明徳義塾野球部の物語は、ステレオタイプの批評家では書き得ないものだろう。
「奇跡」は日々起きている
雑踏の中で行き交う人々を見ながら、ふと思うことがある。すれ違う以外に交わることのない多くの人々。自分自身も含め、1人ひとりに自らを主人公にしたドラマが日々繰り広げられている。そのほとんどが誰にも綴られることがない平凡なものである。しかし、日々ただひたむきに生きている人たちには、ささやかなものでも、素晴らしい「奇跡」があちらこちらで起こっているはずなのだ、と。
(山根 太治)
出版元:新潮社
(掲載日:2011-01-10)
タグ:勝負 アスリート
カテゴリ スポーツライティング
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医療の限界
小松 秀樹
日本の医療は崩壊の危機に瀕しているという筆者。筆者が主張する問題とは「医療をめぐる事故や紛争の大小」ではなく、「医療自体に対する国民の態度の変化」だという。
医療行為を行う医師に責任があるのは間違いなく事実であるが、社会の側にも問題があることを問いかけている。日本人を律してきた考え方の土台が崩れている。
「死生観の喪失」
「生きるための覚悟がなくなり、不安が心を支配している」
「不確実なことを受け入れない姿勢」
安心・安全神話が社会を覆っているからこそ、患者も医師もリスクを負うことを恐れる。その結果双方の間に軋轢が生まれるだけなく、本当に医療を必要としている人にさえ被害が及ぶ。医療だけでなく、教育問題、社会問題の原因にもつながる内容がリアルに載せられている一冊である。
そもそも「絶対」など存在しないのだ。今生きていることさえ、明日は絶対ではないのである。それを頭でわかっても心で受け止めきれないことが、医療崩壊にもつながっていると言える。医療だけでなく、現代社会に対してのメッセージが込められた一冊に感じた。
(磯谷 貴之)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:医療
カテゴリ その他
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草野球をとことん楽しむ
降旗 学
早朝や休日などに公園で大人たちが野球をしているのをよく見かけるだろう。学生時代から野球を続けている者、社会人になって友人からの誘いで野球を始めた者などさまざまな者たちが野球に興じ、野球バカとまで言われるほど草野球に打ち込んでいる者もいる。そして、著者もその野球バカの一人であり、過去の出来事と結びつけながら草野球がどういうものか、どう楽しむかが一冊に詰め込まれている。
草野球経験者には共感することが多く、未経験者には新しい世界観を見ることができるだろう。草野球特有の問題点なども多々あるが、それらを含めた楽しさが存分に伝わり、ぜひとも草野球の世界へ飛び込みたいという思いに駆られるものとなっている。
(池田 健一)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:野球 草野球
カテゴリ その他
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脳の中の能舞台
多田 富雄
何のこっちゃ? 私にとって大変インパクトのあるタイトルで、頭の中にはいくつかの疑問符が浮かんだ。私が存じ上げている多田富雄氏は著名な免疫学者であったので、「脳の中の能舞台」というタイトルからラマチャンドラン氏の『脳のなかの幽霊』のような、神経系と運動系を結びつけるような医療系の話なんだろうか、とも思われた。
だが、本を読み始めるとその疑問はすぐに氷解する。多田氏は免疫学者としてだけでなく、白州正子氏をはじめとして多くの文化人と交流があり、能に深い造詣をお持ちであった。
本書は氏がこれまでお書きになってきた数々のエッセイを集めたもので、書かれた当初からこのような形で編集されることを意図されていたわけではない。それにもかかわらず本書全体として能に対する姿勢が明確に浮かび上がってくる。
対象とされる読者は、能に興味を持った人、能を観劇した経験はあるものの「能は一体何を楽しんだらいいんだろう」「この古典芸能は何を訴えているんだろう」という類の疑問を持った人であろう。本書はそのような人に対して非常に有効なアドバイスをくれる。
能の舞台を実際に目にして感じること、初心者が疑問に思うであろうことが丁寧にフォローされる。次いで多田氏と交流のある文化人との能に関してやり取りされた書簡や、実際にご覧になった舞台の曲目紹介、そして氏が書き下ろした新作能が取り上げられている。
能はどのようなものなのか、どのように接していくことを勧められているのか、また古典芸能としての能に新作があることの意味は何か、氏は順番にその回答を進めている。詳細な内容は本編に譲るとして、はしがきからいくつか抜粋してみる。
「この本は、読者といっしょにその舞台を眺め、何かを読み取ろうとする試みである」
「脳の中の能舞台で再演されるさまざまな劇の流れに、ごいっしょに参加して頂くのが目的である」
「古典芸能といっても、能が現代人に語りかけなくなったら、芸術としての生命はない。ここに集められたエッセイは、何らかの形で脳の現代性を探る試みになっていると思う」
本書を一読してから、はしがきに戻ると、その意味が改めて伝わってくる。私は近年まで能との接点をまったく持たずに過ごしていたが、ふとしたきっかけで、日本人として先人が築いてきた文化に触れないままでいることに疑問を持ち、自分なりに能と接してきた。本書は私のような「能初心者」にとっては大変ありがたい指導書である。素敵な出会いであった。
(脇坂 浩司)
出版元:新潮社
(掲載日:2012-10-16)
タグ:能 脳
カテゴリ 身体
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先を読む頭脳
羽生 善治 松原 仁 伊藤 毅志
天才棋士羽生善治氏をモデルにして氏の将棋における思考を解き明かした内容。羽生氏本人の解説と伊藤毅志氏・松原仁氏による専門的な分析が並行して1つのテーマについてそれぞれの立場からの見方を示しています。なんとなく「Q&A方式」のような印象があり、まるで羽生氏の頭脳の秘密に対する謎解きというスタイルに引き込まれました。
まず羽生氏の印象は悟りを開いた高僧のように実に穏やかに淡々とご自身の将棋観を解説なさいます。泰然自若というか自然体というか、勝負師というようなギラギラした情熱というものも感じず、極めて冷静な自己分析を披露されます。そこには伝説の棋士坂田三吉のようなドラマ性はまったくありません。逆に人間羽生善治の「静なる凄み」さえ感じてしまうのです。
ここで述べられた羽生氏の解説をさらに専門的な知識をもとに分析し羽生氏の思考のエッセンスを見出します。羽生氏の真似はできないまでも我々にも参考になるような情報がいくつか提供されます。
これら異質な切り口から見た「将棋の思考」がパラレルワールドのように最後まで続くのですから読んでいても息が抜けません。なぜならば羽生氏の思考のなぞ解きを早く見たいからです。
「頭のいい人になりたい」子どもの頃からそんな願望は誰しもあると思います。「先を読む力」はまさにもっとも得たい能力の1つ。本書にはそのヒントや秘密がたくさん記されています。私に実行できるかどうかは別としても…。
(辻田 浩志)
出版元:新潮社
(掲載日:2013-03-13)
タグ:将棋
カテゴリ その他
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日本人の足を速くする
為末 大
本書の第一章にある「何万回、何十万回と着地する中で、地面に着いた足の上に骨盤が乗り込み、股関節のあたりに地面を踏んだ感触が直接に伝わってきて、体がスムーズに前に進んでいく感覚をつかんだのです」という一文に、著者である為末氏の探求が始まった瞬間の感覚がよく表れています。
日本人がフィールド競技では勝てないと言われている中、日本人の体型や精神的な特徴を考慮した上で、「どうやったらうまくいくのか、自分の頭で考え、工夫を凝らし、イメージして、体をコントロールする。その過程で能力が開発され、さまざまな状況に対応する力が伸びていくのだと思うのです。」と本書の中にも書いているように、勝つための戦略をつくり上げ、そして自身がメダルを獲得することができたレースへの攻略法を書き記した一冊です。
(大槻 清馨)
出版元:新潮社
(掲載日:2013-05-21)
タグ:陸上競技
カテゴリ 身体
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信念を貫く
松井 秀喜
筆者である松井秀喜氏は、ベースボールのスター選手である。日本のいち野球選手のみだけで語られるのではなくグローバルな選手と思うのは私だけでないでしょう。だから野球というよりもベースボールという表現をさせてもらいました。私自身は40代に入ったばかりですが、自分自身の20代30代の年表の中に彼の活躍している姿を照らし合わせることができる数少ない選手のひとりであることも、その理由のひとつでもあります。
この本は筆者の新天地に立ち向かう心境が様々なエピソードを交えて書き綴られています。ワールドチャンピオンそしてワールドシリーズのMVPに選ばれるという、アスリートとして絶頂期を迎えたのと同時に、選手生活の新たな1ページをつくるための決断として新天地に移籍するという人生の中の大きなターニングポイントで書かれました。題名にもある「信念を貫く」ことによって、もたらされた思考の変化や出会いを自分にも置き換えながら、私はこの本にのめり込んでいきました。
「コントロールできることとコントロールできないことを分けて考える」というフレーズはとても印象に残っています。自身も間違いなくそうですが、人間はそれほど器用でなく欲深いと思っています。何でもコントロールできることとして考えてしまう。そこには信念を貫くことが良くも悪くも作用していると感じています。だからこそコントロールできるかどうかを分けて考えることはとても大切だと感じました。
また筆者自身、様々なタイミングで人や言葉の出会いに遭遇しています。
両親をはじめとする「家族」、高校時代の恩師である「山下智茂氏」、巨人時代の監督である「長島茂雄氏」、ヤンキース時代の監督である「ジョー・トーリ監督 ジラルディ監督」、チームメイトである「広岡勲氏・ロヘリオ・カーロン通訳」など。
結果を出す上での「肉を斬らせて骨を断つ」、ケガで不安な状況になったときの「前よりも強くなる」、高校時代の恩師からの「心が変われば行動が変わる/行動が変われば習慣が変わる/習慣が変われば人格が変わる/人格が変われば運命が変わる」、父からの「人間万事塞翁が馬」
言葉や出会いというものが筆者自身の成長に大きく繋がっていることはこの本からもの凄く伝わってきます。すなわち私自身はこの本との出会いが新たな信念を貫くことへの何かを吸収させてもらったわけであります。
この本を読み終えたとき、私はあるエピソードを思い出しました。自分の身近に「信念を貫く」ことに限りなく近い言葉を毎日のように身体を張って教えていただいた人がいました。しかし私は当時その意図とは違った受け取り方をしてしまいました。結果として関係を断ち、逃げるともいえる行為を選択してしました。
いわゆる「未熟さ」という言葉がピッタリかもしれません。最終的には時間が経過するとともに自分のその選択は全くの間違いであったことに気づいたのは言うまでもありません。そして今、そういった言葉を毎日言ってもらえる存在がいない立場に身を置く者として「信念を貫く」ことを全身に刻み込んでくれたのは、その恩師であることは間違いないということも再認識しました。
私はこのエピソードから「未熟さ」の後悔というよりも違ったことを強く感じています。それは進化した自分、少しでも「コントロールできなかったことがコントロールできるようになった」と感じられたことが大きな財産であるということです。もちろんそのときに気づくことのできる「人間性」や「読み取る能力」があればよかったのでしょうが、その当時の自分にはそこは「コントロールできなかった」領域だったのだと今は感じています。だからこそ、私自身はそのことは決して否定すべきことではないのかなと解釈しています。
そして、皆さんもこの本を読んで自分自身をちょっと振り返ってみませんか? 何かいい自分自身への気づきがもらえる一冊だと思います。
(鳥居 義史)
出版元:新潮社
(掲載日:2013-10-17)
タグ:野球
カテゴリ 人生
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「一流」であり続けるために。
小松 成美
題名からもわかる通り、アスリートの、その中でも一流と言われる人たちの取材記事である。私たちが彼らの発言を聞けるのは、試合前後のインタビューなどメディアを通しての限られたものであるが、この本には、イタリアのレストランでの中田英寿やイチローがぽつりと呟いた一言など、普段、私たちが知ることのできない彼らの姿が書かれている。そこには、著書が誠実な取材を通して築き上げたアスリートとの信頼関係が伺える。
一流と言われるアスリートの知られざる一面を知ると共に、スポーツライターとしての著書の信念や仕事ぶりもわかり、スポーツライターを目指す人にとっても興味深い一冊である。
(久保田 和稔)
出版元:新潮社
(掲載日:2014-08-04)
タグ:エッセー
カテゴリ 人生
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「弱くても勝てます」 開成高校野球部のセオリー
高橋 秀実
言わずと知れた、超進学校開成高校の野球部の話である、これが面白い、実に面白い!
監督である青木がバッティングについてこう話す。
「打撃で大切なのは球に合わせないことです。球に合わせようとするとスイングが弱く小さくなってしまうんです。タイミングが合うかもしれないし、合わないかもしれない。でも合うことを前提に思い切り振る。空振りになってもいいから思い切り振るんです。ピッチャーが球を持っているうちに振ると早すぎる。キャッチャーに球が届くと遅すぎる。その間のどこかのタイミングで絶対合う。合うタイミングは絶対あるんです」
著者の高橋は、この言葉から正岡子規の語る野球の原型「打者は『なるべく強き球を打つを目的とすべし』」、を思い起こす。
青木監督はこんなことも話す。「野球には教育的意義はない、と僕は思っているんです。野球はやってもやらなくてもいいこと。はっきり言えばムダなんです。これだけ多くの人に支えられているわけですから、ただのムダじゃない。偉大なるムダなんです。とかく今の学校教育はムダをさせないで、役に立つことだけをやらせようとする。野球も役に立つということにしたいんですね。でも果たして、何が子供たちの役に立つなんて我々にもわからないじゃないですか。社会人になればムダなことなんてできません。今こそムダなことがいっぱいできるんです」
「ムダだからこそ思い切り勝ち負けにこだわれるんです。ジャンケンと同じです。勝ったからエラいわけじゃないし負けたからダメなんかじゃない。だからこそ思い切り勝負ができる。とにかく勝ちに行こうぜ!と。負けたら負けたでしょうがないんです。もともとムダなんですから。ジャンケンに教育的意義があるなら、勝ちにこだわるとなんか下品とかいわれたりするんですが、ゲームだと割り切ればこだわっても罪はないと思います」
これを受けて高橋がこう語る。「確かにそうである。そもそもお互いが勝とうとしなければゲームにもならない。『信頼』や『思いやり』などは日常生活で学べばよいわけで、なにもわざわざ野球をすることもない。野球は勝負。勝負のための野球なのである」
「偉大なるムダに挑む開成高校野球部。すべてがムダだから思い切りバットを振る。どのみちムダだから遠慮はいらないのである」
野球に正解はない、人生に正解はない。
「たかが野球、されど野球!」「たかが人生、されど人生!」
(森下 茂)
出版元:新潮社
(掲載日:2014-08-20)
タグ:野球 指導 高校生
カテゴリ 指導
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数学する身体
森田 真生
なぜ競走に感動するのか
100m走の世界記録は言わずと知れたウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)の9.58秒。2009年の世界選手権(ベルリン)で出されたものだ。
ボルトは前年のオリンピック(2008年・北京)でも当時の世界記録となる9.69秒で優勝しており、度肝を抜くこの異次元的な世界記録更新劇は、多くの人にとって記憶に新しいことと思う。
しかしですね、ちょっと意地悪にこの記録を単なる数値で表してみたらどうなるだろう。9.58秒と9.69秒、その差はたった0.11秒、まさに“瞬く間”でしかない時間、距離にして1mちょっとくらい速くなっただけのことになる。図鑑を見ればボルトより速く足る動物はいくらでもいるし、そこらの犬でさえ7~8秒で100mを駆け抜けるのがたくさんいるではないか。そういう動物の速さに比べたら、人間は圧倒的に遅い部類に入ってしまう。こんな、むしろ“のろま”な人間の競走を見て、なぜ我々は感動するのだろう。
それはきっと“身体の同一化”のようなことが起こっているからではないかと思う。たとえばテレビに映し出される場面に身体ごと入り込んだように、あるいは自分の身体の中にレースシーンが投影されるようにイメージされる、そのようなことが皆さんにはないだろうか。実態としてボルトになったような“感覚”とは違う、場面全体が“情緒”として身体の中に昇華されたような状態というべきか。テレビ画面を見ているだけにもかかわらず、シーンと一体化し、かつ俯瞰するように、間合いを自由に行き来しつつ身体ごとレースを体感するのである。このような“自在な身体”を私たちは誰でも持っていて、同時に、“記録”の裏側や、背景にある物語とかといった“味わい”を読み取る力があるからこそ、“価値のある差”を見出し、感動することができているのではないだろうか。
また、“数”ということに関していえば、世の中には“数”の価値を読み取る力が常人とは比べものにならないほど強く、たとえば「17」と「18」の間には「味わう」べき大きな違いがあるという感性を持つ人たちがいる。数学者である。
情報から浮かび上がる像
今回は「30歳、若き異能の」数学者、森田真生による『数学する身体』。
高校時代、バスケットボールに打ち込んだ森田は、「勝ち負けよりも、無心で没頭しているときに、試合の『流れ』と一体化してしまう感覚が好きだった」。そうした経験の中から「身体」に興味を持ったようだ。大学では初め文系学部に学んだが、岡潔(数学者)によるエッセイの文庫を手にしてから数学を修めようと決心したという知的好奇心のうねりを経て、現在「京都に拠点を構え」る「独立研究者」である。
数学「mathematicsという言葉は、ギリシャ語の(学ばれるべきもの)に由来」する。単に「数学=数式と計算」という理解しかない私にとって、「=」という記号が実は16世紀になって発明された(こんな最近の出来事だったのだ!)ことや、「17」が素数(1と自分以外では割り切れない数)であることで、たった1つしか違わない18や16とは味わいが大きく異なり、だから、数学科の学生の飲み会では「居酒屋の下駄箱が素数番から埋まっていく」ことなど、驚きの記述が連続する。
何かその先にある「風景」が見たいという積極的な動機のもとに、ものすごい吸収力で情報を蓄え、大量の知識がつながりをもって身体に収まっている様子が、全編通して読み取れる。
頭がいい人は違うぜ、と片づけてしまえばそれまでだが、運動がものすごくできる人(オリンピアン・メダリスト)が、実はものすごく努力しているように、勉強がものすごくできる人も、ものすごく勉強しているのだ。書物の中から得た知識が森田の前では像を結び、著者や景色が時代・場所を超え、まるでホログラムのように浮かび上がってくる。それは、森田がそこまで資料を読み込んでいるという証拠だろう。“体育会系だから走るしか能がありません”という前に、“味わい”を探すつもりで読んでみることも“イメージトレーニング”になるのではないか。森田も元はバスケ少年、ルーツは同じだ。きっと同一化できる部分が見つけられるに違いない。
( 板井 美浩)
出版元:新潮社
(掲載日:2016-02-10)
タグ:数学 身体
カテゴリ 人生
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サンカーラ この世の断片をたぐり寄せて
田口 ランディ
死を悼み悲しむより
もう一昨年のことになるが、自慢の父が75年の実り多き人生を全うした。平均よりも若く、しかも大動脈解離によるあまりに急な逝去ではあったが、100年の月日に勝るとも劣らない、充実した人生を父は歩んだものと信じている。
父の周りには、いつも自然と人の“和”ができていた。そして、その人たちを陰から支え、喜んでもらうことに喜びを感じているようでもあった。
仕事をリタイヤして10年も経ていたが、予想をはるかに上回る大勢の方々が葬儀に足を運んで下さった。父の人生は、人との出会いという賜物によって彩られていたともいえる。その出会いが宝であるとするならば、大きな財産を抱えて父は西方浄土へ旅立っていくこととなった。
上記のような内容で、父の会葬御礼をつくり、引物に添えた。“死を悼み悲しむより、これまでの生を礼賛するような葬式にしたい”これは偶然にも父が亡くなる数週間前に(不謹慎だけど、という前置きをして)聞き出し、父の人生を絶賛する約束をしてあったのだ。
お斎(とき)の席でも、どうか賑やかに笑って父を送り出して下さいとお願いをした。皆さん、涙ながらも父との思い出を愉快に語り合い、大いに盛り上がって葬式とは思えない大宴会となった。一般的にはタブーかも知れないが、生きているうちに聞いておいた父の希望を叶えることができて本当によかった...。
というのはしかし、強がっているだけなんだなあ。あんなに急に死ぬんじゃないよ。本音を言えば、危篤の状態でもいいからせめてひと目、生きているうちに会いたかった...と家族は皆そう思っているのだ。
サンカーラ
さて、今回は田口ランディによる『サンカーラ』だ。
東日本大震災の後、「ブッダについて書いてみたい」と思い立ち、ブッダの教えを拠りどころに「震災後の一年間を通して」「人生から問われた様々な体験について」書かれた、「無常の世をさまよいながら紡ぐ、日常のものがたり(帯より)」である。
生きること、老いること、病むこと、死、生命について考えつつ書き、学び、学ぶほどに迷い、そして書き、「私はなにがしたいのか、私はだれなのか、私はどう生きたいのか」といった、人生における根本的な問題に迫ろうとしている一冊だ。「書けば書くほど、なにかが決定的にズレて」いて「結局、原稿は未完のままだ」とあるが、その先は読者が独自につくっていかなければいけないよと言ってるのかなあ、と思わされたりもする味わいもある。
人は誰しも“死”に代表されるような究極の場面にいつかは遭遇する。遭遇し“体験”することで何かが変わり、別の到達点へと考えを進めることになる。しかし到達したと思ったゴールが、実は新たなスタート地点となり、進んだはずが不思議なことにもとに戻っているというグルグル問答を繰り返し、凡人の頭脳はショートして煙を上げる羽目となる。「サンカーラとは、この世の諸行を意味する」。生まれてこのかた身につけてきた考えや、思い、好み、クセ、信念、信条などの蓄積だ。全てこれらは“無常”であると、ブッダは言った。生きて仏になった人の言葉だ。理解はたやすいが、わかるのは難しい。
勝負とは命のやり取り
オリンピックはスポーツにおける一つの究極であることに異論はないと思うが、スポーツにおける勝負とは命のやり取りのことだ。そのことが画面から伝わるからこそ、テレビで見るだけで深く感動したり勇気(生きる力)をもらったり私たちはするのだろうと思う。だからメダルを獲得するような選手はやはり奮っていて、インタビューのたびに言う事が一皮も二皮も剥けていき、終いには名言の宝庫と化してしまうことがある。そのような若者を発見するのが、オリンピックを夢には見たが所詮凡人だったオッサンの密かな楽しみにもなっている。
先のロンドンオリンピックでは、ボクシングミドル級の村田諒太選手が印象に深い。「金メダルを取ったことがゴールではない。金メダルを傷つけない、金メダルに負けない人生を送るのが自分の役目」という意味のことを言っていた。けだし名言である。
日常は奇跡の連続
さて、またまた私事で恐縮だが、父のことがあった半年後、今度は私が“一命を取り留める”という経験をすることになった。詳細はいつか述べたいと思うが、現代医学のおかげで命はつながり(新しい命をもらったという気さえしている)、こうして駄文を綴り、〆切と闘えるほどの体力を快復することができた。
この体験を通し、日々生きていることは実は一瞬一瞬が奇跡の連続なんだなあ、ということを学んだ。
では、その先はどうか。生まれ変わったように、タメになる名言...うーん、出てこない。しかし、そんな相も変わらぬ日常が、悔しくも嬉しく、愛おしい。
(板井 美浩)
出版元:新潮社
(掲載日:2013-02-10)
タグ:人生 生と死
カテゴリ 人生
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新・野球を学問する
桑田 真澄 平田 竹男
正論の重みは変わる
「正論」とは道理にかなった正しい議論・主張と定義される。誰でもわかるような正論とおぼしき言葉が吐かれたとしても、誰がそれを放ったかでその重みは変わる。物事を大多数の人々と異なる視点からも眺められ、異なる立場に立った主張も慮り、客観的な現実をより理解する人が話す言葉なら、結局は元の道理と何ら変わらぬことであっても、真理を伴った正論と響くだろう。またそのような人であれば、多くが正論と錯覚しているものとは別の場所にある本質にたどり着くのだろう。ただ、それでも「正論」などこの世の中では取るに足りないとその存在力を失うことも多い。
師弟対談
さて、本書は元プロ野球選手である桑田真澄氏と早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授平田竹男氏の師弟対談記録として2010年に刊行された「野球を学問する」を単行本化したものだ。対談記録であるので、全文会話形式である。ただ文庫化に伴って両氏による新たな対談が実現し、スポーツ界の体罰問題をはじめ、松井選手の引退や松坂選手に関する話題など、新たな語りおろしが後半に収録されている。
読売ジャイアンツからピッツバーグパイレーツでの現役生活を終えた後、桑田氏は早稲田大学大学院平田ゼミの門を叩いた。社会人修士課程1年制第4期生として完成させた論文「野球道の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」が最優秀論文賞に選ばれたのは周知の通りである。同課程には現役アスリートや元アスリート、スポーツ指導者といったスポーツ現場出身の人材だけではなく、スポーツビジネスや報道関係、医療界の人々が卒業生として名を連ねている。
正論が照らし出す
桑田氏の話にはごもっともといった言葉が並ぶ。輝かしい実績がある上に、未だに貪欲に学び野球界に貢献したいと考えている人だけに、それらは心地よく「正論」として響く。「練習量の重視」から「練習の質の重視」へ、「絶対服従」から「尊重」へ、「精神の鍛錬」から「心の調和」へ、それぞれ野球道を再定義した上で、その中心となる言葉に彼は「スポーツマンシップ」を挙げている。この言葉をあえて戴くことに野球界には根深い問題が存在する印象を受ける。「アマチュア野球をよくしていけばプロ野球は自然によくなる」と述べている部分もあるが、実際はプロ野球界を根本的に改革しなければならないことは、おそらく持論を持った上で考えているのだと思う。アマチュア野球界はともかく、プロ野球界こそ、この「スポーツマンシップ」という言葉を再認識しなければならないと考えているように感じる。
だが人格と実績を兼ね備えた人がどれだけ説得力のある「正論」を吐いても、世の成り立ちはおいそれとは変わらない。「正論」より「旨味」や「実入り」のほうが、多くの人々にとってより魅力的であるということは世の常だろう。プロ野球界のように、他のスポーツ界とは一線を画す巨大な怪物たちの巣窟を根底から改革しようと思えば、平田氏の言うように、桑田氏が仮に将来プロ野球のコミッショナーに担がれたとしても、魑魅魍魎が跋扈するオーナー会議を掌握できるほどの力がなければ、何もできないままお飾りに終わるのだろう。そもそも年間144試合も行うプロ野球選手に、スポーツマンシップを要求することが現実的なのかもわからない。割り切って野球勝負師とでも呼称したほうがいいのかもしれない。
待たれる中心人物
それでも、2011年にスポーツ振興法を50年ぶりに全面改定したスポーツ基本法が施行され、2012年には同法規定に基づき「スポーツ基本計画」が策定され、スポーツ省の設置も提言されている。プロ野球界を例外としない行政側からの尽力、スポーツマンシップの名に恥じない健全なるスポーツビジネスを展開する実業界からの尽力、それを支える存在としてのファンの尽力など、さまざまな領域の大きなうねりなしにはその巨躯を動かすことはできないだろうが、今は点在するそれらを、「正論」のみならず「旨味」や「実入り」をうまくスパイスとしてまとめ上げる中心人物、ないしは精鋭チームが存在すれば面白いだろうと、他人事として無責任に考えた次第である。
(山根 太治)
出版元:新潮社
(掲載日:2013-07-10)
タグ:野球
カテゴリ その他
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弱くても勝てます
髙橋 秀実
何とも言えない温かさ
髙橋秀実さんは私の好きな作家である。そこらへんにいる普通の人が何気なく発した面白い一言を、実にうまく拾っていると思う。そしてそれには何とも言えない温かい眼差しが注がれているように感じる。
本書の舞台は超進学校として名高い私立開成高校の硬式野球部。開成高校にはグラウンドが1つしかなく、他の部活との兼ね合いで硬式野球部が練習に使えるのは週1回3時間程度。そんな環境でかつては東東京大会のベスト16入りを果たしたこともあるらしい。
だが、本書に開成野球部独自のメソッドが紹介されているわけでもないし、ドラマチックな盛り上がりもない。そもそも「勝てます」というタイトルの割には、最近はあまり勝てていないようなのだが、そこがまた、何とも言えない味わいになっていると思う。
本書で中心となるのは、野球部監督の青木先生である。監督の言葉が随所に紹介されているのだが、その1つひとつがとても面白い。「猛烈な守備練習の成果が生かされるような難しい打球は1つあるかないか。試合が壊れない程度に運営できる能力があればいい」「自分たちのやり方に相手を引っ張り込んでやっつける。勝つこともあれば負けることもあるけど、勝つという可能性を高める」「ギャンブルを仕掛けなければ勝つ確率は0%。しかしギャンブルを仕掛ければ、活路が見出せる。確率は1%かもしれないが、それを10%に引き上げれば大進歩」
その「やりたいこと」「ギャンブル」「活路」とは、勢いに任せて大量点をとるビッグイニングをつくり、「ドサクサに紛れて勝っちゃう」ことである。高校野球の公式戦はトーナメントなので、10回のうち1回しか勝てない確率だとしても、その1回が本番ならそれでいいのである。思わず笑ってしまったのが、守備のポジションを決める基準である。
・ピッチャー/投げ方が安定している。
・内野手/そこそこ投げ方が安定している。
・外野手/それ以外。
おそらく、これをイチロー選手が聞いたら怒るだろうなと思うのだが、その理由を読むと納得。「勝負以前に相手に失礼があってはいけない」からなのである。まともに投げられない部員もいるのが開成高校。ストライクが入らないとゲームにならないので、打たれるにせよストライクゾーンに安定的にボールを投げることが開成高校のピッチャーの務めなのだ。
「偉大なるムダ」を真剣に
何とも頼りない感じを受けるのだが、青木監督は勝ちにこだわり、何とかしようとする。勝利至上主義ゆえではない。青木監督の考え方を読んだときには、じーんと胸が熱くなった。なんと素敵な先生だろう。「野球には教育的意義はない。野球はやってもやらなくてもいいこと。はっきり言えばムダ。しかし、これだけ多くの人に支えられているのだから、ただのムダじゃなく偉大なるムダである。とかく今の学校教育はムダをさせないで、役に立つことだけをやらせようとするが、何が子供達の役に立つのか立たないのかなんてわからない。ムダだからこそ思い切り勝ち負けにこだわれる。勝ったからエラいわけじゃないし、負けたからダメなんじゃない。負けたら負けたでしょうがない。もともとムダなんだから。勝ちにこだわると下品とかいわれたりするのだろうが、ゲームだと割り切ればこだわっても罪はないと思う」
体罰やオーバーユースの問題が起こるたびに、短期間で成果を出さなければならない学校部活動ではなく、長期的視野に立ったクラブチームでの一貫指導のもとで活動するべきだという意見が出る。それはそうかもしれないが、学校部活動があるからこそ、多くの子どもたちがいろいろなスポーツに触れることができるという側面もあるのではないか。現に、この開成高校の生徒たちは、部活動だからこそ野球を楽しめているのである。おそらくこの子たちは、部活動がなければ高校まで野球を続けていなかっただろうと思う。
学校部活動はプロ養成所ではないし、そもそも全員がプロを目指しているわけでもない。どんな活動でもいいから、1人でも多くの子どもたちに「偉大なるムダ」を真剣に楽しむ機会を提供する。部活動には教育的意義がないということに教育的意義があるのかもしれない。
(尾原 陽介)
出版元:新潮社
(掲載日:2013-08-10)
タグ:野球
カテゴリ 指導
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甲子園という病
氏原 英明
100年を迎えた全国高校野球大会。
毎年夏の風物詩である「全国高校野球選手権大会」は、おらが町の地元のチームを応援しようと町中が湧き上がる大会です。アマチュアスポーツで、ここまで盛り上がるスポーツ大会も高校野球のみではないでしょうか。ましてや、主役は18歳の高校生。毎年甲子園を沸かして、その年のドラフトが盛り上がりますね。
さて、この書籍は「甲子園」という最高の舞台を目指している高校生やそれを支える指導者、また、小学生・中学生と遡り、指導環境への問題提起をしていきます。取材を基にリアルにメスを入れています。私も高校野球経験者の端くれであり、高校野球のサポートをしてきた経験もありますが、大変共感できる逸話が多いです。
著者が疑問を呈しているのは、これまで高校野球の指導者は怒鳴ることで選手を動かしてきたこと。その産物で、自らの頭で考えることができなくなる選手。絶対的エースと言われ、連投につぐ連投で自らの肩肘がボロボロになるまで壊して勝利へと導く選手。そして甲子園大会では連戦が続く過酷な日程と異常な暑さの中で行われる試合という深刻さを挙げています。
書かれている表現で面白いのは、外国人から見た甲子園の試合日程と試合環境は「虐待」であると感じるということです。我々は普通に感じていることが客観的に見たら異常に感じられる。これも甲子園という魅力に取りつかれた日本人の病と言わざるを得ないのかもしれません。
また、毎年の大会でマスメディアの報道の過熱によってヒーローが出現することにより、その子の人生が狂ってしまう危惧も懸念しています。本人が意識していなくも、周りの過熱により意識してしまうのが人間の心情ではないでしょうか。現実と周りの世界のギャップに、自らの自分を見失ってしまう。ましてや高校生には酷な話です。
これまでの高校野球の指導法は、怒鳴ることや暴力などのパワハラなどについて見直しが図られています。これは、今後の指導法に変革や改善がなされていくと思います。もちろん、怒鳴りやパワハラはあってはいけません。高校野球の指導者も一人の人間であり家庭があります。お子さんもいる指導者も必ずいます。土日の大切な時間を使い、選手へ指導にあたることは家族との時間を減らします。それを辛抱している奥さんやお子さんがいるということです。その事実も踏まえて、少しでも甲子園という最高の舞台が、よりよいモノになることを願っています。
必ず光があれば影があるもの。今回の書籍はその陰に切り込んだ書籍です。「野球」が好きな人や野球に関わる全ての人に目を通して欲しいと願う一冊です。
(中地 圭太)
出版元:新潮社
(掲載日:2019-01-15)
タグ:野球
カテゴリ 指導
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スポーツ・イヤーブック ウィナーズ2000
冒頭、ウィナーズ編集長は「どんな本かと問われれば、『暇をつぶすための本』とあえて答えたい」と控えめに述べているが、スポーツ版「現代用語の基礎知識」「知恵蔵」、もっと言えばスポーツ界のアーカイブスは、スポーツ・インフォマニアたちの必需品だ。ところで、2001年には『ウィナーズ2001』が出るそうだ。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:新潮社
(掲載日:2000-07-10)
タグ:記録
カテゴリ その他
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すず
千葉 すず 生島 淳 藤田 孝夫
2000年6月のCASによる裁定が下された瞬間の前後に広がる千葉さんの物語を紡ぐのはライターの生島淳氏、そして彼女の10年を撮り続けた藤田孝夫氏。「一生に一度、一冊だけでいい」。千葉さんは「あとがき」でそう語り、まるでこれまでの人生に決裂するかのように皆に感謝する。──せつないものがこみ上げる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:新潮社
(掲載日:2001-11-10)
タグ:人生
カテゴリ スポーツライティング
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古くてあたらしい仕事
島田 潤一郎
出版社を営む著者が出版社を始めたきっかけは、採用試験に落ち続けたことと、従兄の死だという。たった1人で企画、営業、経理、発送、その他を行い、年に3冊それぞれ2500部程度を刷る。それが1人で、手紙のような本をつくる限界だと考えているからだという。
本を読む時間は、どんな内容の本であれ、現在の自分というフィルターを通して読む。自分と重ねたり、ツッコミを入れながら、行きつ戻りつ読み進める。時々ハッとするような言葉に出会ったり、まるで目の前に著者がいて、説教されているような気分になることもある。
家族のことを想ったり、仕事のことを考えながら、あるいは、過去を思い出し、未来を想像しながら読書する。そのなかで、気づきや慰め、希望、新しい視座を得て、ちょっと身の回りが明るく、見通しがよくなる。著者や自分自身、ひいては、この世界との対話、といっても言い過ぎにならないのが、本を読むこと、なのかもしれない。
一人ひとりに向き合い、寄り添うような本づくりをする著者の仕事に、感銘を受けた。
(塩﨑 由規)
出版元:新潮社
(掲載日:2022-08-22)
タグ:仕事 出版
カテゴリ 人生
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1Q84
村上 春樹
青豆と天吾、小学生のときに2年間同じクラスであっただけの2人。しかし、分かち難く結ばれた縁によって、次第に接近していく。ストーリーは、1984年現在の世界ではなく、青豆が言うところの「1Q84」、天吾が「猫の町」と呼ぶ異世界で、進行していく。ただ、単純なパラレルワールドではない。それは、ふかえりという、女子高生と、天吾が共作した小説の世界だ。ものごとは、オーバーラップしながら、ひとと、ひとならざるものが織りなす世界を描く。
回路を辿り、あちら側とこちら側を行き来するリトルピープル。リトルピープルが作る「空気さなぎ」。知覚するもの、パシヴァと、受け容れるもの、レシヴァ。実体であるマザと、分身ドウタ。鍵は「さきがけ」という宗教組織と、そこから逃げ出してきた女子高生、ふかえりが握っていると思われたが、話の重心は、だんだん青豆と天吾に移っていく。
いくつかは、実際の事件が下敷きになっているのがわかる。他の設定についても、もしかしたら鋳型となるものがあるのかもしれない。ふかえりの父、リーダーは、はるか昔から人々は、リトルピープルと呼ばれるものと交流してきた、というようなことを、死ぬ間際、青豆にたいして言っていた。レシヴァである彼を介して、彼らはこの世界になにかしら、働きかける。彼が回路であり、後継者として天吾はいた。パシヴァとしてのふかえりは媒介者として存在する。
話は、青豆と天吾と、小さいものが、1984に戻ってきたところで終わる。
ああ、もしかしたら、そういうことってあるのかも。村上春樹を読むと、随所でそう思うことが多い気がする。
(塩﨑 由規)
出版元:新潮社
(掲載日:2022-09-20)
タグ:物語
カテゴリ その他
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ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け
平松 洋子
筋肉と脂肪に焦点を当て、アスリートたちとアスリートを支える人達に直接聞く形で綴られたルポルタージュです。本書では、相撲、プロレス、陸上、サッカーなどのスポーツに携わるアスリート、栄養士、開発者、研究者などへの取材を通してアスリートたちの生活、トレーニング方法、食事、そして身体の変化について詳しく掘り下げています。
いかに身体をつくっていくか、リアルなエピソードや実例があり、専門的な知識がなくても理解しやすい構成になっています。具体的な取り組みを知ることによってプロの「筋肉と脂肪」に対しての考えが、一般人のそれとは大きく異なることを実感することができます。そして、これらに対する見方が変わる一冊です。
本書ではアスリートたちが直接語ることで、筋肉や脂肪に関する理解が深まり、一般の人々にとっても身近なテーマなのでいかにその管理が徹底されていて、身体づくりそのものが苦しくも重要であることを実感できました。また、プロテインや体組成計の開発に至るまで、アスリートを栄養面から細かくサポートしている方々がいること、筋肉・脂肪の関係にはこれだけ深い事柄が関わっていることを知ることができます。よって、健康やスポーツに興味がある方、トレーニングや生活に興味を持っている人々におすすめです。また、軽いノンフィクションが好きな読者にも適しています。相撲やプロレスファンには食事づくりの裏側を垣間見ることができるので、より興味深いのではないでしょうか。
『ルポ 筋肉と脂肪アスリートに訊け』は、筋肉と脂肪に関する知識を踏まえつつ、生の声で感動的なストーリーを届けてくれる一冊でした。
(山口 玲奈)
出版元:新潮社
(掲載日:2024-01-15)
タグ:ルポルタージュ 筋肉 脂肪 スポーツ科学
カテゴリ スポーツライティング
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